【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
12 嬉しい誤算
 二人だけで馬車に乗るのは、初めてだ。
 少し緊張したが、クロードは何も言わずに向かいの席に座ってくれた。
 気を使ってくれているのだとわかり、少し心が落ち着く。
 そうしてようやく車窓を眺める余裕が出てくると、二人で馬車に乗ってもそれほど怖くない気がしてきた。

「今日は王家主催の舞踏会だし、王族もほとんどが揃う。皆に紹介するつもりだけど……いい?」
「いい、というのはどういうことでしょうか」
 髪色でキツイ言葉を言われるから覚悟しろ、という意味だろうか。

「俺は竜紋を持つ王族だ。俺が番だと紹介すれば、それは将来を共にするという宣言と同じこと。もう後戻りはできない。……それでも、いい?」
 思ってもみなかった理由に、アニエスはぽかんと口を開ける。

「将来……」
「もちろん、アニエスの気持ちが固まるまで結婚はしなくていい。ただ、婚約という形はとらせてもらうと思う。君にとってはひとりの男だろうが、俺にとっては唯一の人。誰かにとられるのは、我慢ならない」
 最後の一言に、鈍色の瞳が一瞬鋭く光った。

「結婚……」
「まずは婚約だが。……嫌かな?」
 心配そうにのぞき込まれたアニエスは、しばし瞬くと、ゆっくりと首を振った。


「クロード様のこと、好きです。でも結婚は少し待ってください。まだ気持ちが追い付かなくて」
「婚約は、いいの?」
「……はい」
 アニエスが返事をした瞬間、クロードは蕩けるような笑みを浮かべた。

「嬉しいよ。ありがとう、アニエス」
 そうして興奮冷めやらぬといった様子でアニエスの手を取ると、あっという間に手に唇を落とした。

「ひゃああ!」
 情けない悲鳴を上げて手を引くアニエスを、満面の笑みでクロードが見つめる。
 胸がドキドキするのだが、どうしたらいいのだろう。
 すると、ポンという破裂音と共にクロードの手袋に白く平べったい塊が現れた。

 恐らくキノコなのだろうが、どうも形が妙だ。
 ぶつぶつと穴が開いているところを見ると、マツホードのようだった。
 さすがにこれから舞踏会だというのに手袋に謎の塊を付けておくわけにはいかないらしく、クロードはキノコをむしってポケットに入れた。


「あの。……こういうの、慣れていないので。控えていただきたいのですが」
「慣れていない? フィリップと婚約していただろう?」
 クロードは不思議そうな顔をしながら、手際よくすべてのキノコをポケットに収める。

「フィリップ様は、手にキスなんて」
「……していない?」
 アニエスがうなずくと、クロードの表情が一気に曇った。

「じゃあ、額は」
「いいえ」

「頬」
「いいえ」

「それじゃあ、唇は」
「と、とんでもない」

 何を言わされているのかと恥ずかしくなったアニエスは、熱を持つ頬を手で押さえる。
 クロードはしばし無言になったかと思うと、口元を手で覆っている。

「それは……嬉しい誤算だな」
「嬉しいんですか?」
 こんな恥ずかしい話をして嬉しいとは、何と恐ろしい思考なのだ。

「それはそうだろう。愛しい人に触れていたというだけで苛立つが……そうか。フィリップはアニエスにキスしたことがないのか。……馬鹿な奴だな。まあ、俺としてはありがたいが」
 クロードは口元に笑みを浮かべると立ち上がり、そのままアニエスの隣に腰を下ろした。


「あいつと馬車には乗っただろう? 平気だった?」
「はい。フィリップ様は……その、家族と同じ分類だったので」
「そう」

 フィリップと一緒に馬車に乗ったことはあるが、こんな風に隣に座ったことなどない。
 せっかく落ち着いたと思ったのに、クロードに隣に座られてはドキドキが復活してしまうではないか。

「手は繋いだことがあるよね?」
 そう言うと同時に、アニエスの手にクロードの手が重なる。
 びっくりして手を引きそうになるが、そのままぎゅっと握りしめられた。

「それは、エスコートの時とかに」
「ダンスは踊っただろう?」
「何回かは」

 舞踏会に出掛けること自体も多くはなかったが、ダンスを踊る機会は更に少ない。
 アニエスが目立つのは良くないと言われて、当初は納得していた。
 だが何回か踊ってみて、フィリップはダンスが得意ではないとわかり、どうやら単純に踊りたくないのだと何となく察した。
 アニエスとしても別に踊りたくないし、目立ちたくなかったので、踊らずにさっさと帰るのが定番になっていたのだ。


「……じゃあ、こうして抱きしめたことはあるんだ」
 そう言うなり、クロードの手が伸びてアニエスの腰を引き寄せた。
 隙間がないほどに上半身が密着し、クロードの吐息までもが身近に聞こえる。

「あの……」
 どうしていいかわからず、助けを求めて顔を上げると、すぐ目の前に鈍色の瞳があった。

「……で、キスはない、と」
「はい」
 何度も恥ずかしいことを聞かないでほしい。
 再び頬に熱が集まり、アニエスはたまらずにうつむいた。

「そうか。逆に凄いな、あいつ。ここまでアニエスに近付いて、触れたくならないわけがないのに」
「あ、あの」
 何に感心しているのか知らないが、この体勢は苦しい。
 物理的にも姿勢の維持がつらいが、何よりも胸の鼓動が苦しくて仕方がない。

「何?」
「て、手を……」
 そろそろ色々限界なので、腰に回した手を放してほしい。
 上手く言葉にできなかったが、察してくれたらしいクロードはあっさりとアニエスを解放した。
 だが、アニエスの隣に座ったまま、動こうとはしない。

「席、戻らないんですか?」
「戻ってほしい?」
「そういう意味では」

 戻ってほしいということは、隣にいてほしくないという意味になってしまう。
 さすがにそんなことを言ってはクロードに申し訳ないし、もし傷つけたらと思うと怖くなる。

「ここにいても、つらくない?」
「つらくは、ないです。あの……触ってこなければ」
「そうか」
 アニエスとしては必死で訴えたのだが、何故か笑われてしまった。


「ねえ、アニエス」
「何ですか?」

「――好きだよ」

 突然の告白と同時に、クロードの肩にキノコが生える。
 淡い橙色がかった黄色の傘は、ヒナノヒガーサだ。
 だが、アニエスはキノコどころではない。

「な、何ですか、急に!」
「言いたくなった」
「そんな」
 気まぐれでこんな攻撃をされては、アニエスの心臓がもたないではないか。

「アニエス。嫌なことがあったら、我慢しちゃ駄目だよ。まず俺に相談して。いいね?」
「でも、クロード様は忙しいですし」

「竜紋持ちが番優先なのは王族内では当然の認識だ。気にしなくていい。それに、アニエスはわがままレディを目指すんだろう? このくらいはできないと」

 いたずらっぽく微笑まれたが、自分がどれだけ麗しい顔なのか全然わかっていない。
 ちょっとした攻撃なのだから、もう少し控えめにしてほしいものである。

「目指してません! そんなの、迷惑じゃありませんか」
「アニエスになら、迷惑をかけられてもいいよ」
「私が嫌です」

 クロードは笑いながらキノコをむしると、それもすべてポケットに収めた。
 もしかして、キノコをむしりたくてアニエスをからかったのだろうか。
 ちらりと隣を見上げてみると、鈍色の瞳は優しく細められている。

 恥ずかしい……けれど、嫌ではない。
 なんだか不思議な気持ちに、アニエスは胸を押さえた。


============


【今日のキノコ】

マツホド(松塊)
松の根に寄生するキノコで、地中に菌核があり、それが茯苓と呼ばれる生薬となる。
子実体……いわゆるキノコは滅多に見られない。
アニエスが胸の痛みを訴えたので、助けようと生えてきた。
効能は利尿と鎮静なので少しは効果がありそうだが、そもそも口にしてもらえなかった。

ヒナノヒガサ(雛日傘)
淡い橙色がかった黄色の傘を持つ、直系1cmほどの小さなキノコ。
恐らく毒はないのではないかと言われているが、確信は持てないらしい。
小さすぎて食べ応えがないせいか、食べてすらもらえないキノコの悲しさ。
愛読書の「キノコの勇者と七本のキノコ」を読んでいる途中に、オトメノカサに「傘つながりだから生えて!」と押し出された。
何のことかわからなかったが、照れているアニエスを見て何となく幸せな気持ちになった。
< 12 / 54 >

この作品をシェア

pagetop