【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
17 気を付けて
「それは聞き捨てならないな。アニエスの場合は自分のせいではないし、誤解と嫉妬ととばっちりだろう。フィリップは同情もあって挽回する機会もあったのに、自分の態度のせいで人が離れた。一緒にしてはいけない」
 眼差しの強い圧に、アニエスはとりあえずうなずいた。

「ここ数年は比較的評判が良くなっていたが、それも結局はアニエスのフォローのおかげだったんだろう」
「……あの。それとフィリップ様が私を王族に会わせないのは、どんな関係があるのでしょうか」
 どうやら意外な質問だったらしく、クロードは数回瞬く。
 そして苦笑しながらアニエスの頭を撫でた。

「フィリップにとって、アニエスは唯一自分が望んで手に入れたものなんだよ」
「望んで?」

「アニエスに出会ってすぐ、陛下にフィリップの話を聞いたんだ。六年前、アニエスを見かけてひとめぼれしたフィリップは、陛下に婚約をお願いした。それまで何件も婚約を断られていたが、それはすべて王家側の非公式な打診。フィリップ自身が望んだのは、アニエスが初めてなんだ」
 意外な話に、今度はアニエスの方が目を瞬かせる。


「でも、フィリップ様はそんなこと、一言も」
「まあ、あの性格だからね。素直に言えなかったんだろう。ルフォール伯爵には、最初に一度だけ言ったらしいよ。あとは、態度でわかったって」

「お父様に聞いたのですか?」
 一体、いつの間にそんな話をしていたのだろう。
「アニエスに会ってすぐに婚約を申し込みに行ったと言っただろう? その時にね」
 確かにそんなことを聞いた気もするが、まさか初対面でそんな話までしていたとは。

「……そう言われれば、最初の頃はそこまで酷い否定はされていなかったような気も」
「だが、もしも王族にアニエスを会わせて見初められたら、フィリップとの婚約はなかったことにされかねない。何せ自分の母親が、王家の威光で婚約者がいる相手を勝ち取っているからね。心配になったんだろう」

 なるほど。
 フィリップにとって王族は、婚約者がいても相手を奪える存在と認識されていたのか。

「俺はもちろん、当時はグザヴィエ兄上もゼナイド姉上に出会っていない。竜紋のことは知らないにしても、五人の未婚の王子に見初められれば確実にフィリップとの話は破談になる。それが怖かったんだろうな」
「だから、会わせないようにした……?」

 だが、それではまるで、アニエスのことが大切みたいではないか。
 隠せ、地味にしろ、嫌われているんだと言われ続けていたアニエスには、上手く事態が呑み込めない。
 混乱するアニエスに気付いたのか、クロードがそっと手を重ねる。


「だが、いくら何でもやりすぎだ。髪や精霊の加護のことでアニエスを抑圧し続けたのは、許せないな」
 言葉に力がこもると同時に、クロードの瞳が鋭く細められる。

「好意を伝えるチャンスはいくらでもあったのに、相手を傷つける方法しか取れない男に、アニエスは渡せない」
 ぎゅっとアニエスを手を握るクロードからは、強い信念のようなものが伝わってきた。

「でも、何故そんな話を? もうフィリップ様とは婚約を解消していますし、バルテ侯爵令嬢もいますし、関係ありませんよね?」
「ないね。でも恐らくフィリップは、まだ完全にアニエスを諦めてはいないよ」
「そんな馬鹿な。諦めるも何も、あちらが先に他の女性を選んだのにですか?」

 結果的には円満な婚約解消だが、そもそもはフィリップの浮気からの公開婚約破棄だったのだ。
 この上で、どの面を下げて諦めるとか諦めないなんて話になるのだろう。

「俺とグザヴィエ兄上に釘を刺されてはいるが、あいつは思い込みが激しい。……だから、フィリップには気を付けて」
「は、はい」

 気を付けるも何も、そうそう会う機会もないのだが。
 だがクロードの真剣な表情に、アニエスはうなずいた。
 それと同時に、クロードの肩にキノコが生える。
 赤褐色の傘とぬめり具合からすると、どうやらナメーコのようだ。

 正装のクロードの服を汚されてはたまらないのでむしろうとすると、その前にあっという間にクロードがむしり取ってしまった。
 さすがにぬめり系キノコをポケットに入れるわけにはいかないらしく、そのままナメーコは椅子の上に置かれた。


「うん。――それじゃあ、フィリップの話は、ここまで。せっかくアニエスと一緒なんだ。もっと楽しい話がしたいな」

 にこりと微笑むと、クロードは握っていたアニエスの手を持ち上げ、その指先に唇を落とす――前に、どうにか手を引っ込めた。
 危なかった。
 ギリギリだった。
 今日だけでどれだけ手にキスされなければいけないのだ。

「なんだ、残念」
 いたずらっぽく笑うその顔は掛け値なしに美しく、正直ただの眼福だ。
 キノコの変態のくせに、時々色気が凄いのを何とかしてほしい。

「兄上達と弟が色々言っていたけれど、気にしなくていいよ。緊張した?」
「それは、もちろん。だって、クロード様のご兄弟ですし、王族ですし。……あの。竜紋持ちがどうとか言っていましたが、皆さんが持っているわけではないのですか?」

 フィリップは王族とはいえ端くれだし、竜紋を持たず、その存在すら知らなかった。
 だが王子達は事情を知っているような口ぶりだったのだが。

「そうだね。兄弟では、俺とグザヴィエ兄上が竜紋持ちだよ。だから第四王子の俺が、王位継承権第二位なんだ。もちろん、陛下も竜紋を持っている。基本的に最優先は竜紋の有無。それから血筋、生まれ順だね」

 指を折りながら説明すると、クロードはアニエスをちらりと見た。
 クロードは話をしている時、こうしてアニエスが理解できているか表情を確認してくれる。
 フィリップでは絶対にありえなかった配慮に、胸の奥で少し鼓動が跳ねた。


「今の王位継承順は、王太子グザヴィエ、第四王子クロード、王弟グラニエ公爵。ここまでが竜紋持ち。それから第三王子アルマン、第二王子ジェローム、第五王子シャルル。ジェローム兄上とシャルルは側妃の子だから、下位になる」

 そうだ。
 国王には、王妃と側妃がいる。
 つまりグザヴィエ、アルマン、クロードが王妃の子。
 ジェローム、シャルルは側妃の子。
 これにさらに竜紋が加わって、クロードは第四王子なのに継承権第二位というややこしいことになっていたのか。

「……クロード様も、側妃を持つのですか?」


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【今日のキノコ】

ナメコ(滑子)
赤褐色の傘とヌメリを持った、群生が得意なキノコ。
価格も手頃で、ご家庭でも愛される有名キノコ。
アニエスの危機にキノコ人生……菌生最大級のぬめりを出して、靴を再起不能にした戦果あり。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
注意を促すクロードの言葉に「アニエスに何かあれば、ぬめって助ける!」と決意を新たにしている。
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