【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
19 わがままレディを目指すのなら
「今更だよ。もう立派にキノコ姫だって」
「そんな!」
 弟に残酷な現実を突きつけられ、アニエスはショックを隠せない。

「大丈夫、大丈夫。キノコ姫でも、姉さんは姉さんだから。それに、殿下は喜ぶと思うよ」
 確かにクロードはキノコを生やせば生やしただけ喜ぶだろう。
 だがそれは恋人ではなくて、ただのキノコ発生装置ではないだろうか。
 悩むアニエスの肩をケヴィンがポンポンと叩く。

「殿下の食の好みまでは知らないけどさ。姉さんが殿下のために作ったケーキなんだから、喜ぶに決まっている。キノコ姫でも喜ぶ。だから問題ないよ」

「そうですね。クロード様は優しいですから」
 仮に口に合わなくても、不味いと言って放り投げるようなことはしないだろう。
 キノコ姫のことはいったん置いておいて、とりあえずケーキの不安は少し解消できた。

「そうじゃなくてさ」
「お嬢様、殿下がお見えになったようです」
 テレーズの言葉に、アニエスは慌ててナイフを探し始める。


「私、これを切り分けます。ケヴィンは出迎えをしてくれますか?」
「まあ、いいけど。それよりも、着替えたら?」
「え?」

 ナイフを手に持ったアニエスは、何を言われたのかよくわからずに首を傾げた。
 今着ているのは、臙脂色のワンピースだ。

 フィリップ仕様のドレス類を処分して残ったのは、数着のワンピースと、クロードに贈られた華やかなドレスだけ。
 家で舞踏会のようなドレスを着るわけにもいかず、前回お出かけで深緑色のワンピースを着たので、今回は色を変えていたのだが。

「新しい服を仕立てなって言ったじゃない。殿下と一緒に仕立てるにしても、それまでは困るだろう」
「いえ。困っていませんが」

「あー、もう。あのへなちょこ王族、ろくな影響を残さないな! どこの世界に、数着の地味色ワンピースだけで過ごす伯爵令嬢がいるんだよ!」
 ケヴィンは忌々しそうに舌打ちをすると、扉に向かって歩く。

「とにかく俺は殿下をお出迎えするから。もう少し、何とかしておいて!」
 そう言うと、大きな音を立てて扉を閉めてしまった。

「な、何とかと言われても……ねえ」
「お任せください、お嬢様」

 同意を求めてテレーズに視線を送ると、にこりと笑みを返された。
 笑顔が怖いというのは、こういうことだろう。
 アニエスは思わずナイフを握りしめた。



 切り分けたケーキとティーセットをワゴンに乗せ、アニエスは部屋の前に立っていた。
 ここに到着してしばらくになるが、扉を叩く勇気がどうしても出ない。

「お嬢様、そろそろ参りましょう。殿下もお待ちですよ」
 テレーズの催促も何度目だろう。
 だが無理なものは無理なのだ。

「ま、待ってください。やっぱり直しましょう」
「いけません。このままで大丈夫です」
「でも」

「……ねえ、いつまでそこにいる気?」
 いつの間にか少し開いた扉から、ケヴィンが顔をのぞかせている。
「何しているの。さっさと入りなよ……」
 アニエスと目が合ったケヴィンは、合点がいったとばかりに深くうなずく。

「なるほど。それのせいか」
「だ、駄目ですよね? すぐに直します!」
 踵を返そうとするアニスの腕を、テレーズが放してくれない。

「いや、それでいいよ。よくやった、テレーズ」
「お褒めにあずかり光栄です」
 恭しく礼をすると、テレーズはアニエスの手をケヴィンに引き渡す。

「さあ、行くよ姉さん」
「え。でも。待って、待ってください」
「大丈夫」
 ケヴィンに手を引かれて部屋の中に入ると、ソファーに腰掛けるクロードの姿があった。


「ああ、アニエス。こんにちは……」

 目が合った瞬間から、クロードの視線が顔……というか髪に集中しているのがわかる。
 先ほどまでは作業用にひとつに束ねていたものを、テレーズに緩い編み込みにされた。
 その上、編み込みのところどころには小さな白い花を挿してある。

 編み込みはまだ何とかなるとしても、舞踏会でも何でもないのに花を飾るだなんて、恥ずかしすぎる。
 花自体は好きだが、似合わないのだから余計なことはしないほうがいい。
 無言の視線に耐えられなくなる寸前、クロードの口がようやく開いた。

「その髪」
「――すぐに直してきます!」

 すべての言葉を聞く勇気が出ず、ケヴィンの手を振り払うと急いで扉に向かう。
 だが、いつの間にかすぐそばに来ていたクロードが、アニエスの手をつかんだ。

「直す? 何故?」
「だって」
 逃げられないので渋々クロードに向き直すと、優しい笑みがそこにはあった。

「とても似合っているよ。そのままでいい。可愛い」
 褒められれば、嬉しい。
 だがこうも胸が苦しいと、いっそ貶してもらったほうがいいのかもしれない、という錯覚に陥ってしままう。


「ほら、言っただろう姉さん。大丈夫だって」
「でも」

 この場合の大丈夫というのは、何が大丈夫なのだろう。
 アニエスの鼓動でいうのなら、激しいので全然大丈夫ではないのだが。
 するとクロードは部屋の入口に置いてあった花瓶から、黄色い花を抜き取り、アニエスの髪に挿した。

「ほら。もっと可愛くなった」
「そんなことは」
 破裂音と共に、クロードの肩には黄色い棒状のキノコが生えている。
 だが、今はキソウメンターケにかまっている余裕はない。

「ある。よし、わかった。次の夜会には花をたくさん飾って参加しよう。ドレスも花モチーフで、うんと華やかにしようね」

「ああ、いいですね、それ」
 ケヴィンは楽し気に相槌を打つと、ちらりとアニエスに視線を送る。

「姉さん。わがままレディを目指すのなら、ここで宝石をねだるくらいじゃないと駄目だよ」
「――目指していません!」


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【今日のキノコ】

キソウメンタケ(黄素麺茸)
地面からフライドポテトがニョキニョキという感じの、黄色い棒状のキノコ。
素麺の名を冠するだけあって食べられるが、食べ応えがないらしく食用としての価値は低い。
そして、食べるのには勇気が必要らしい。
自分は勇気の証なのだと、ちょっと誇らし気にニョキニョキしている。
扉を叩く勇気が出ないというアニエスに、勇気をわけてあげようと生えてきた。
だがタイミングを間違えたせいで、いちゃつく二人を特等席(肩)で観賞する羽目になった。
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