【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
45 警戒心が足りませんよ
 フィリップの頭の上に紅白のキノコが並んでいる。
 ササクレシロオニターケの横に生えた燃え上がる炎の様な赤いキノコは、猛毒キノコのカエンターケだ。

 それに気を取られていると、いつの間にか近付いてたフィリップがアニエスに手を伸ばす。
 だが、あと少しというところで水音のようなものと共にフィリップが滑って転倒した。

 足元から靴にかけて粘液のようなものが広がっているが、あれは床に落ちているナメーコのぬめりだろうか。
 そして転んだせいで見えたフィリップの背中は、更に悲惨な状況だった。

 白い塊から血が滴っているように見えるキノコ――ブリーディング・トゥースーが肩甲骨の間に生えながら服を赤く染め、その下には先端が紅色の棒状のキノコ――キツネノロウソークがいくつも生えている。

 粘液だらけの床に這いつくばり、背中にキノコを生やして服を赤く染めるフィリップは、暴漢に襲われて滅多刺しにされたかのような状態だ。
 その上、臭い。
 ゆっくりと体を起こす手には真っ白なキノコが生えているが、あれは猛毒のドクツルターケか。

 すると突然、四つん這いのままフィリップが激しく咳こんだ。
 何かを咀嚼して飲み込んだ様子の後、口から取り出したのは少しかじられて欠けたキノコだ。
 中央がくぼんだ黄土褐色の傘は、恐らくドクササーコだろう。

 とにかく、フィリップがキノコまみれでぬめっている間に、この部屋を出なければ。
 扉との間にはフィリップがいるので、反対を向くと暮色に包まれた空を臨む窓がある。
 とにかく試してみようと窓を開けて外を見ると、どうやら二階のようだった。

 当然、階段も足場もなく、眼下には植え込みと芝生の広い庭が見える。
 この程度の高さなら、足から植え込みに落ちれば死にはしないだろう。

「――アニエス、待て――」


 背後から聞こえる声を無視し、裸足で窓枠に登って外に飛び出す。
 着地点を確認しようと空中で植え込みを見下ろすと、緑の中に白い点が見えた。

 次の瞬間、白い点は一気に大きく膨らみアニエスの体を包み込むように触れると、その柔らかさと弾力で着地の衝撃を和らげた。

「……これ、キノコ……ですよね」
 真っ白な巨大マシュマロの上にへばりついた状態のアニエスは、ゆっくりと身を起こしながら体の下にある白いものを確認する。

 白くて大きな球体はオニフスーベだと思うが……それにしても大きすぎる。
 これも、キノコの感度が上がった影響なのだろうか。
 ずるずると滑り落ちて地面に立つと、自身の背丈に迫るほどのキノコを撫でる。

「何にしても、助かりました。ありがとうございます」
 アニエスが礼を言った瞬間に、ポフンという気の抜けた音を出して、半分程度の大きさにしぼんだ。
 それでも両手で抱えられないほどなのだから、あまりの大きさに呆れてしまう。

「とにかく、誰かに道を聞いて、ここから離れないと……」
「――どこに行くのですか?」

 薄暗い庭から声をかけられ、アニエスはびくりと肩を震わせる。
 既に日は落ち、庭は夕闇に包まれ始めていたが、その中から鉛色の髪の青年がゆっくりと姿を現した。


「……アルマン殿下?」
 端とはいえ王宮の敷地内なら、王族がいてもおかしくはない。
 だが、こんな時間に薄暗い庭をひとりで歩くものだろうか。

「その様子からして、フィリップから逃げてきたのでしょう? ……困りましたね」
「……どういう意味ですか?」
 いくらフィリップの部屋がある建物のそばだからといって、何故それがわかるのだろう。
 それに、困るという言葉の意味がわからない。

「わざわざ部屋にまで運んでやったのに、フィリップも役に立ちませんね。……まあ、いいでしょう」
 穏やかな声が紡ぐ言葉には、理解できない内容がある。
 本能的に恐怖を感じたアニエスは、一歩後退った。

「……何を、言っているのですか」
「言ったはずですよ? 警戒心が足りない、と。公爵邸だからと油断してはいけません。護衛はもっとそばに置かなければ、身を守れませんからね。……もっとも、その場合には離れてもらう手筈でしたが」
 笑顔で諭すようにそう言うと、アルマンは腰に佩いた剣に手をかけた。

「その言い方では……まるで、アルマン殿下が私を攫ったように聞こえます」
「その通りですよ。フィリップの希望もありましたが、私にも都合が良かった。……ただの亡骸よりも、他の男のものになった(つがい)の亡骸の方が、効果がありそうでしょう?」

 にこりと微笑まれて、アニエスは更に一歩後ろに下がった。
 まさかという思いと、耳にした言葉が、頭の中で激しくぶつかり合う。
 眩暈が起きそうな事態だが、そんなことを言っている場合ではなかった。

「亡骸というのは、私のこと……ですか」
 冷や汗が背を伝うのを感じながら尋ねると、アルマンは鈍色の瞳を楽し気に細めた。

「そうです。話が早くて助かりますよ。アニエス・ルフォール伯爵令嬢――あなたには死んでもらいます」


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へなちょこ王族に有罪判定!
キノコの騎士団の主力がついに動き出す!
(これ、何のお話でしたっけ?)


【今日のキノコ】

ササクレシロオニタケ(「隣にいるべきは」参照)
大きなイボが特徴的な白いキノコで、柄の部分にささくれがある。
全身美白した、ベニテングタケという感じ。
一応毒とされているが可食ともされている……って、怖くて食べられない。
アニエスの身辺や心理状況に心を配る、監視キノコ。
フィリップの行動と言動を有罪とみなし、全キノコに緊急通報をした後、キノコ達の攻撃を見守っている。

カエンタケ(火炎茸)
燃え上がる炎や鹿の角の様な形の、赤いキノコ。
致死量は数グラムで、触れるだけでも毒素が吸収されるという、猛毒キノコ。
ササクレシロオニタケの緊急通報と、アニエスの恐怖に反応して生えてきた、毒キノコ界の重鎮。
触れるだけでも皮膚に炎症を起こすので、生えた部分の毛根はほぼ、もげることだろう。
「頭頂部だけで許してやったものを、愚か者が」とご立腹で、再び毛根の焼き討ちを決行した。

ナメコ(「気を付けて」参照)
赤褐色の傘とヌメリを持った、群生が得意なキノコ。
価格も手頃で、ご家庭でも愛される有名キノコ。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員で、ぬめり系キノコの代表的存在。
むしられてからも床で懸命に粘液を出してぬめっていたが、見事フィリップを転ばせることに成功した。
「ぬめりは一日にして成らず」と地道な努力の大切さを痛感している。

ブリーディング・トゥース(流血する歯)
白い塊から血が滴っているように見え、まるでお菓子の「ぷっ〇ょ」のグミ部分がジャムになって溢れてきた感じ。
食用には適さないが味は苦い……キノコの勇者がまた食べたらしい。
フィリップの背中をぐっしょりと赤く染めたが、この液体には抗菌性があるので、実はちょっと優しい。
今回、キツネノロウソクとのコラボレーションで、殺人事件風になってしまったことに驚いている。
「今度は青い色でフィリップを染めたい」とフィリップ染色に意欲を見せる、流血系キノコ。

キツネノロウソク(狐の蝋燭)
棒状のキノコで先端に向かうほど紅色になり、先端には悪臭を放つ粘液がついている。
毒はなさそうだが、臭いので食べられることはない。
「アニエスに手を出すなら、悪臭で勝負だ!」と背中に大勢生えてきたが、ブリーディング・トゥースとのコラボレーションで視覚的にも攻撃できることに気付いた。

ドクツルタケ(毒鶴茸)
真っ白で綺麗なキノコで、ササクレ・ツバ・ツボすべて真っ白。
一本で成人一人分の致死量を超える毒を持つ、猛毒キノコ。
デストロイングエンジェル(破壊の天使)の名を持つ、最強の戦士のひとり……一本。
「アニエスに害を及ぼす気ならば、容赦しない」と重い腰を上げ、フィリップに鉄槌を下すべく生えてきた。

ドクササコ (毒笹子)
黄土褐色の中央がへこんだ傘を持つ猛毒キノコで、攻撃の陰湿さに定評がある。
体内潜入後、潜伏4~5日後から手足の先と陰茎のみを執拗に攻撃し、激痛を1か月以上継続させる。
何故、そこを狙うのかは謎。
「カエンタケやドクツルタケの手を煩わせるまでもない」と、自ら口の中に特攻を仕掛けて殉死した勇猛果敢なキノコ。
猛毒戦士の二人……二本が本気を出せばフィリップは確実に死ぬが、それではアニエスが気に病むかもしれないと心配し、自らの命と引き換えに陰茎激痛罪(ちょっとバージョンアップ)をお見舞いすることにした。

オニフスベ(鬼瘤)
またの名を、ジャイアントパフボール……この名で大体理解できるが、白くて大きくてフカフカなボール型キノコ。
一夜で発生したり、五十センチを超えたりする、夢の白い球体。
成熟すると褐色になり、外皮が剥がれて胞子とアンモニア臭が出てくる。
白いうちは食べられるが、美味ではなく不味くもない……何故そこまでして食べるのか。
窓から飛び降りたアニエスを受け止めるべく、人生……菌生最大の菌糸を駆使して巨大化した。
アニエスが無事で、撫でてもらったので満足して縮小した。

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