【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
50 国王の沙汰
 翌日、クロードと共に王宮に向かったアニエスが通されたのは、以前にも訪れた王族専用の部屋だ。
 今日はテーブルは片付けられ、広々とした空間の中で国王と王妃だけが椅子に座っている。
 他には王子達とグラニエ公爵が立ったまま出迎えてくれた。
 アルマンも部屋の中にいたが、国王の前でジェロームに押さえられて膝をついていた。

「アニエス、クロード、こちらに来なさい」
 国王に呼ばれて前に進むと、ちょうどアルマンの隣になる。
 何となく怖いなと思っていると、クロードが庇うようにアニエスと位置を入れ替えてくれた。

「まずは、フィリップの愚行についてだが。アルマンの口車に乗せられたとはいえ、クロードの番を自室に運ばせたのはあまりにも酷い。根性を叩き直すのに騎士見習いにすることも考えたが……何でも、キノコの関係でこれから暫くは動けないそうだな。それに、騎士側も預けられても迷惑だろうとクロードも言っている。なので今回は王族からの除名を早め、謹慎させることにした。……いいかな?」

「陛下の決定に従います。……それで、早めるというのは何でしょうか」
 アニエスとしてはもう終わったことだし、今後絡んでこなければそれでいい。
 だが、除名を早めるというのがよくわからなかった。

「馬鹿げた婚約破棄騒ぎを起こしたバルテ侯爵令嬢と、結婚させた。その上で、バルテ侯爵領に三年間の謹慎だ。既にあれは王族ではないし、竜紋を持つクロードの婚約者であるアニエスの方が立場が上になる。あれの言うことには、もう従う必要はない」

 サビーナとの結婚自体はフィリップの望むところだろうが、侯爵となって三年もの間、王都での社交から外されるというのは結構な痛手だろう。
 それを補うサビーナの苦労は計り知れないが、もうアニエスには関係のない話だ。


「それから、アルマン」
 国王の声に、鉛色の髪の青年が顔を上げた。

「竜紋の意味を理解できていないようだ。魔物の討伐隊に参加してもらう。竜紋持ちが四人いる時代だから手緩いが……それでも気を抜けば命はない。死ぬ気で頑張るんだな」
「そんな」

「はいはい、後は騎士達にお任せするよ。ちなみに、遠征中は王子じゃなくて騎士見習いの扱いだから。頑張れよ」
 引きずられて部屋から出されたアルマンが何か叫んでいたが、すぐに声は聞こえなくなり、代わりにジェロームが部屋に戻ってきた。


「次にセザールのことだが」
 国王に名を呼ばれたグラニエ公爵が、アニエスの前にやってきた。
 心なしか以前にあった時よりも顔色がいいが、今日は調子がいいのだろうか。

「アニエス嬢がくれた薬草の錠剤だが、あれは一体どうなっているんだい? 飲んだ次の日から嘘のように体が軽い」
 効いたのは嬉しいが、そこを聞かれると少し困る。
 どうしたものかと思ってクロードをちらりと見ると、笑みを浮かべたままうなずかれた。

「あの。……精霊の加護をいただいて生やした薬草、です」
 精霊という言葉に、公爵ばかりか国王も不思議そうに首を傾げた。

「アニエス。君の実の父はオレイユの人間だと言っていたな」
「はい。そのせいか、小さい頃から精霊に呼び掛けることができます。錠剤の元になった薬草は、精霊にお願いして生やしてもらいました」
 国王は何かに納得したようにうなずくとグラニエ公爵と視線を交わす。

「竜紋持ちは、成人の頃までに番を見つけなければ、段々と衰弱していく。セザールもかなり弱っていたのだが。……ヴィザージュでは縁の薄い精霊の力のおかげだろう。良ければ、今後も時々その薬草をわけてはもらえないだろうか」

 国王が一言命じれば、アニエスは薬草を提出せざるを得ない。
 それをこうして協力を要請する形にしてくれるのは、アニエスへのプレッシャーを考えてくれたのだろう。

「もちろんです。お役に立てて、光栄です」
 アニエスが微笑んだ瞬間、グラニエ公爵の腕にキノコが生える。
 淡黄褐色の小さなヘラ状の傘がいくつも集まったキノコは、チョレイマイターケだ。

「す、すみません!」
「気にすることはないよ。美味しそうじゃないか」
 グラニエ公爵はそう言って笑いながらキノコをむしった。

 クロードが羨ましそうにグラニエ公爵を見ているような気もするが、きっと気のせいだ。
 大体、日頃あれだけキノコを生やしているのに、まだキノコが欲しいのだろうか。


「ゼナイドの提案でワトー公爵邸でお茶会を開いたわけだが、そのせいでアニエスが攫われてしまった。これについては、ゼナイドに代わり私からもお詫びする。まさか王子の介入があるとは想定外だったが、それは言い訳に過ぎない。本当に、申し訳なかった」

 王太子が頭を下げるのを見たアニエスは、慌てて首と手を振る。
 振り過ぎてちょっと眩暈がしたが、のんきに目を回している場合ではなかった。

「いいえ。ゼナイド様はとても親切にしてくださって、感謝しています。決してゼナイド様や王太子殿下のせいではありません」

「そう言ってくれるとありがたいが、今回のことをなかったことにはできない。……今後は、アニエスにも専属の護衛をつけた方がいいだろう」
「はい、グザヴィエ兄上。そのつもりです」

 クロードの言葉にアニエスは驚き、グザヴィエをはじめとした王族は皆うなずいている。
 大袈裟な気もするが、実際に誘拐されたわけで。
 困惑するアニエスに、国王が苦笑する。


「アニエス。まだ正式に婚約してはいないが、既に王族内ではクロードの婚約者としてみなしている。それは理解しているな?」
「はい」

「既に話した通り、竜紋持ちは成人の頃までに番を見つけなければ段々衰弱していく。だが、番を失った場合でも衰弱する。しかも、その時には急激に変化が訪れる」

 アルマンから聞いた話ではあるが、こうして国王から聞けばその真実味と重さが違う。
 本当に、番は大きな弱点でもあるのだ。

「王族内でそれを知った上で狙うという馬鹿が現れてしまったが、何も危険なのは今回だけではない。意図せずともクロードのそばにいるアニエスを狙う者が出てくるかもしれない。アニエスの身は、既にアニエスひとりのものではない。……それを、覚えておくように」
「……はい」

 アニエスが万が一殺されれば、クロードは急激に衰弱してしまう。
 クロードの身の安全は、アニエスにかかっている部分も大きいのだ。

「クロードを頼むぞ、アニエス」
 国王の鈍色の瞳に見つめられ、アニエスはゆっくりと礼をした。


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「キノコ姫」第2章も、もう少しで完結です!


【今日のキノコ】

チョレイマイタケ(「俺は、好きだよ」参照)
淡黄褐色の小さなヘラ状の傘がいくつも集まったキノコ。
地中に菌核があり、それが猪苓と呼ばれる生薬となる。
キノコ部分は食べられるし、結構美味しいらしい。
グラニエ公爵の体調の話を聞き、「解熱と利尿なら得意だよ!」と意気揚々と生えてきた。
望まれた薬効とは違ったらしくて少しがっかりしたが、「美味しそう」と言われて元気を取り戻し、傘を揺らしている。
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