目覚めたら初恋の人の妻だった。

一那 said 5


柚菜を手放すつもりなんて無いし、病室で血の気の失せた顔を見た時の
恐怖は一生忘れない。
香菜に呼ばれて出掛け、スマホを消音にしていたのを悔やんだのに
どうして あの時の後悔が時間とともに薄れてしまっていたのだろう
柚菜の姉だから・・・
那須でのキスは柚菜はやはり見ていなかった
のかもしれないと都合よく思っていたのかもしれない。


そんな自分に天罰が下った それは突然やってきた。
『今日、会社の事業報告会をホテルアランザで開催するの。
だから、カズ君が私を迎えに来て。
お願い!そのままバーで少し時間潰すの付き合って』
『今は柚菜が体調悪いから勘弁して』
『本当にお願い。今日で最後にするから。今日なら全社員が揃ってるから。』
『本当に無理』
『1時間で良いから。そうしたらもう終わりに出来るから』

今日でお役目が御免になるなら・・・助かる。
あの日、事故に遭った時に直ぐに駆けつけられなかった罪悪感で苦しかったし、
その事を柚菜に説明できないもどかしさ、又 香菜と会う事で同じ事が
起きてしまうのでは無いかと沸き起こる恐怖心。
それが今日を我慢したら・・・・
後悔よりも自分の心が楽になる方を又、安易に選んだ・・・
この後 地獄をみることになるなんて

『解った・・でも1時間は居れない』
そうメッセージで遣り取りをした後に柚菜に
『今日、少し帰りが遅れる。』とメッセージを送る。
既読になったのに返信は来なかったのは忙しいんだと考えていた。
記憶が戻った柚菜は取りつかれた様に仕事をしていて心配になるが、
それは記憶が戻って取り戻したいのだろうと思う事にしていたが、
日々、痩せ細っていく柚菜を見ていると、もしかしてアイツへの
恋心を思い出し、俺と離婚する事を考えているのか?と邪推したくなるが、
怖くて確認できないでいた。
笑わなくなった柚菜、食事も満足にしていない、
夜中に目を覚ますと隣に温もりは無く、リビングの灯りが点いているのが
ドアの隙間から解る。
その扉を開けて声を掛けたいのに怖くてそこに佇むしかない。

1分、1秒でも傍に居てアイツの事を忘れさせたいと考えているのに
自分の仕事も半端なく山積みになっていく。
香菜を助ける時間があるなら柚菜の傍に居たい。
でも、これで最後なら・・・そう思って
ホテルアランザに向かった。
香菜とバーで少し時間を潰して、ホテルを出ようとした時に
俺達の前に立つ柚菜に固まった。

「柚菜・・・・」

この状況の意味が解らなくて、それ以上の言葉が出なかった。
『2人とも私に着いて来て』
そう、言っている様な顎の動きに、ただ、茫然と従うしかなかった。
なにが起きてる????

香菜も俺も何も言えなくてただ、柚菜の背中を追いかける。
香菜の事がバレた・・・実家に戻されるかもと
この期に及んでも俺はまだ香菜の心配をしていた。

柚菜は何故か部屋を取っていた。その意味も解らず

パタンとドアがしまり、昔は当たり前の様に過ごした3人の空間が
今は何故か居心地が悪い。
「柚菜、仕事がこの近くだったの?」
そんな間抜けなことしか口に出来なかった。
「いいえ。こちらで仕事なんてありません。」
その言葉を口にする妻の柚菜の顔を見て驚愕し、足元から何かが崩れ落ちて
いく音が聞こえた。
柚菜は最悪な事を思い、誤解している・・・・

「柚菜、かんち・・・・」
「この書類に記入して下さい。」
そう言って目の前に広げられた書類はドラマでは何度も目にした事がある
離婚届だった。
「は、 何を言っているの?離婚ってどうして?柚菜、誤解している
香菜と俺は上のバーで飲んでいただけだ・・・」
「そ、そうよ 柚菜 私達は何も疚しい事はしていないの。
本当に上でお酒を頂いていただけなの。」
「そんな言い訳はしてくれなくても良いの。一那 お願い、これに記入して」
「い 嫌だ・・・どうして 離婚しないといけないんだ」
「そんな事も解らないのね・・・」
「柚菜!」
そう口にしながら柚菜を見ると今まで見た事の無い冷たい瞳の妻がいた。
そこに何の感情も見出せない瞳。

こんな醒めて、蔑みを浮かべられたガラス玉の様な瞳を人生の中で
向けられたことは無かっただけに、それが一番向けられて欲しくない
柚菜から向けられ、恐怖に全身から血の気が引いた。

逝ってしまって失う事だけが柚菜との別れだと思っていた。
どんなに柚菜があの男を想っていても手放す気は無かったから・・・
”別離”と言う選択肢があるなんて想像だにしていなかった。

お互い別の人生を俺の知らない男と歩む柚菜なんて、許せる筈が無い。
そんな事をされたら俺はその男をどんな事をしても許さない。
まだ見ぬその誰かにさえ殺意が湧く。

こんなに愛しているのに・・・どうして俺と香菜の事を誤解するんだ?



ー 一那side 了 ー



































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