目覚めたら初恋の人の妻だった。

一那side7

なんとか柚菜との離婚が回避出来た。

その瞬間は嬉しくて安易に考えていたんだと、
時間が経つにつれてジワジワと不安に支配されていく。

今までと同じようにベッドに入っても、
記憶が戻った時よりも距離を感じる。
あの時のように夜中にベッドに居ない柚菜を
探す事は無く隣で静かに寝ている柚菜に
胸をなでおろすが、柚菜の身体はベッドの隅で
丸まり背中を向けている。
手を伸ばせば簡単に触れる事が出来る距離なのに、
その距離は物理的な距離の何倍も何倍も感じる。

俺が柚菜に触れる事が出来るのはこの瞬間だけ。
起こさない様にそっと柚菜に近づき、後ろから
ガラス細工を扱うように優しく抱きしめ首の後ろに
自分のモノだと言う印を毎晩毎晩、上書きする。

本当は身体中に独占欲の印を付けたいのに・・・
拒否されたらと思うと触れる事も出来ない。

泊まる事も無く、ホテル アランザを後にし、
俺達の家に帰って来た時には安堵と何処かに
後ろめたさを感じていた何かから解放された安心感で
ホッとしていたのは事実だ。
全てが白日の下晒されたのだから、もう大丈夫だ。
香菜の秘密を抱え込まなくて良いという
短絡的な考えだけが支配していて柚菜の
苦しみを全く解っていなかった。

あの時、自分を受け入れてくれたから
全てをリセット出来たと思っていたのは
自分がやられた側ではなかったから。

謝れば許される  許されたら無かった事になる 
元通りになれるって どうして思えたのだろう。

最初に感じた違和感は自分に向ける笑顔が
自分だけに向けられていた顔ではなく誰にでも
同じように穏やかに微笑んでいる柚菜だと
気がついた時。

仕事用のデスクに書類の一枚、ペンの1本も出ていない
整頓され過ぎた机上。
怖いのとプライバシーの侵害も考え抽斗を
開ける事はしていないが、
何も入っていないのでは無いのかと考えてしまう。
何時でも出て行けるようにしているのでは・・・
それくらい柚菜から生活感が消えた。

話しかけたらキチンと話してくれている、
でも 柚菜から話を振られる事が無くなった。

穏やかに2人の時間が刻まれるのに
そこに何も生まれていない事実。

触れたいのに触れてはいけないような、
自分が触れたら穢してしまうのでは?

そのくらいに柚菜は眩しくなっていった。
冷たい宝石のように高潔な柚菜が日々
出来上がっていくような感覚に襲われる。

愛されているから綺麗になっていく、
それだったら嬉しかったのに柚菜の横顔は
近寄りがたい美しさを日々増していく。

それを目の当たりにしに初めて柚菜の苦しみが
ほんの少し解ったのかもしれない。

柚菜は自分から離れても生きていける程の
女性だった事を漸く思い知る

沢山傷つけて
香菜を庇うつもりは無かったけれど、
自分では悪いと思ってついた嘘では無かった
寧ろ、優しさだとさえ思っていたけれど、
実際には会っていたのに仕事だと誤魔化した事も
知らずに傷つけていた。
そうやって自分が一つづつ重ねた言葉に何の責任も
重さも理解しないで、その場凌ぎで紡いだ言葉が
いかに柚菜との距離を拡げていたのかと
今になって気がつく。
そんな自分が今更 どんな言葉を紡いでも
柚菜には響かないのが顔を見ると解る。

簡単だと高を括っていた契約更新。

だって、別に俺は香菜を好きだったわけでも無いし、
とにかく香菜を助ける事が柚菜の為だと
思っていたのだから、これから連絡を取り合う必要も
会う理由も自分には元々無いのだから何ともない。

それを守るだけで離婚しないで済む、
柚菜と離れ離れにならないで済むなんて、
至極簡単だと思っていたが、その考えが甘かったのを
1ヶ月も過ぎるとヒシヒシと感じてくる。
自分の中では何も変わらない日常が戻って来ると筈だった。
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