社長、それは忘れて下さい!?

 鏡の中の涼花も、そうだと頷いている。だって、こんなに高級なバスローブなんて着たことがない。生地に触れると質感は滑らかで心地よく、涼花が知らない未知の繊維で織られているようにさえ感じる。

 あまりに現実からかけ離れすぎている。バスローブも、この広い部屋も、シャワーを浴びる龍悟を待つ時間も、優しい口付けも。

 長いキスのあと、龍悟は涼花の耳元に『もう一回言おうか?』と意地悪な台詞を囁いた。顔が火照るだけで何も言えずにその瞳を見つめていると、龍悟は再び笑って『好きだ、涼花。俺はお前が欲しい』と低く甘く囁いた。

 思い出してまた耳を押さえる。龍悟の声と台詞が脳と鼓膜の間を行ったり来たりして、何度も繰り返している気がする。まるで涼花の身体の中で永久に反響しているようだ。

「……絶対これ、夢だよね」

 そうに決まっている。
 だってこんなのは……変だ。

 涼花は確かに、龍悟の事を想っている。仕事中はビジネスパートナーとして最良でありたいと思っているが、彼が男性として魅力が溢れる人であることも理解している。けれどたまたま自分は業務上近くにいるだけで、本来龍悟は手の届かない憧れの存在……高嶺の花だ。

 だから異動で秘書の任を解かれて物理的な距離をとるか、龍悟が結婚してしまうことで法的に手が届かない存在になるまで、自分の気持ちは隠し通すはずだった。自分の中で諦めがつくか、諦めなければいけない状況になるその時まで、誤魔化し続けていこうと決めていた。
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