社長、それは忘れて下さい!?

 龍悟は涼花の顔を凝視していたが、不意に涼花から視線を外すと、カーテンが閉じられた薄暗い部屋をぐるりと見回す。

「ここは……?」

 部屋の中を見回して呟く。つい数秒前に自分で『何でここに』と言ったものの、龍悟自身が現在の居場所をわかっていない様子だ。

 寝ぼけているのだろうか。そういえば前回ホテルに泊まった時は、龍悟が目覚める前に部屋を出てきていた。龍悟に世話になった日は、彼の方が先に起きていた。

 だから龍悟の寝起きの様子を、涼花は知らない。もしかしたらすごく寝起きが悪くて、起床の直後は頭がはっきりしないのかもしれない。

 そう思いたい。
 けれど。

「社長、あの……」

 ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。許容量を誤った小さな臓器が、必要以上に大きく速く脈動しているように感じる。

 涼花はこの眼を知っている。過去にも同じ眼を向ける男性がいた。涼花と口付けをして抱き合った愛しい人が、その夜をなかったことにした空虚な瞳。愛し合ったはずの記憶を失って困惑する視線。

 涼花の顔を驚いて見つめる龍悟の動揺の色は、彼らの瞳に宿った色と同じだ。だから思わず、目を合わせないよう顔を背けてしまう。

「さ……昨晩のこと、覚えていらっしゃいますか?」

 口の中が異様に乾いている。話すだけで喉や舌が切れそうな程の強烈な渇きを無視して、何とか言葉を紡ぎ出す。
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