社長、それは忘れて下さい!?

 だが涼花の目的は料理そのものではない。あくまでもう少しだけ、龍悟の傍にいたいという淡い想いだ。だから本当の気持ちを言えば、食事の場所は店でも家でも変わらない。だから大人しく白旗を振ることに決める。

「大丈夫ですよ。電車で帰れますから」

 その言葉を合図に、今夜のディナーの方針は決定した。

 走り出した車の助手席に座り、ビルの谷間で藍色と橙色のグラデーションになった夕空を眺める。

 そういえばこの車の助手席に座るのは二回目だ。前回も今日も二人の間に流れる空気は静かだが、あの時と今では何から何まで変わってしまった気がする。変わったのは全て、涼花の所為だ。

 けれど今日の龍悟の横顔は、あの日の何倍も上機嫌だった。

 ドアの窓枠に右肘をかけて頬杖をつき、左手で軽快にハンドルをさばく姿に見惚れてしまう。この瞬間を嬉しく感じてしまう。鼓動が早くなってしまう。座っているだけなのに、そわそわと落ち着かなくなってしまう。

 龍悟の横顔から視線を外してもう一度窓の外を見つめる。涼花の熱の混じった溜息は夕闇のグラデーションと混ざり合い、遠くの空に溶けて行った。
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