社長、それは忘れて下さい!?

「俺は記憶力はいいぞ」
「ぞ、存じて、おります、けど……」
「俺は自分がそう簡単に記憶を無くすとは思えない。だが、お前が嘘をついているようにも思えない」

 だから確かめる、と耳元で囁かれる。

「しゃ、社長? 本気で仰ってます?」
「当たり前だろ」

 肯定の台詞を聞いた涼花は、顔と身体に再び熱さを感じた。全身が燃え上がるほどに熱を帯び、同時に妙な汗が噴き出してくる。しかし龍悟は硬直する涼花には有無を言わせず、掴んだ腕を引いてそのまま歩き出してしまう。

(う、嘘……!?)

 一ノ宮龍悟という人は完璧に情報を収集し、緻密な計画を立て、幾重にもシミュレーションを繰り返し、確実に実行に移す戦略を好む人だ。

 ビジネスにおいても堅実に策を練ることが多く、突拍子のないことはあまりしない性分である。それを知っているからこそ、この思い付きと思い切りには大いに焦った。

 秘書として上司の意思決定を妨げるようなことは、決してあってはならない。だが明らかに方向性を間違っていると判断できる場合は、そう進言するべきだ。

 けれどここが繁華街ということもあって、思いつきを実行に移す場所には全く困らないようだ。涼花が言葉を選んでいるうちに、龍悟は近くの建物の中へ涼花の身体を引きずり込んでしまった。
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