社長、それは忘れて下さい!?

「社長」
「ん?」

 声を掛けると龍悟が声だけで反応した。歩みを止めない背中に近付き、そっと謝罪を口にする。

「その……先週末は、申し訳ありませんでした」

 徐々に小さくなる涼花の声を聞いた龍悟が小さく頷く。

 送ってくれようとした事、悩みを聞いてくれた事、醜態を晒してしまった事、龍悟が目覚める前に帰宅してしまった事、ホテル代を一切払っていない事。

 謝罪したい事はたくさんあるが、送ってくれようとした事と悩みを聞いてくれた事以外は覚えていない可能性がある。だから涼花は当り障りのない謝罪をした。つもりだった。

「びっくりしたぞ。朝起きたらいなかったから」

 ――全部覚えていた。

 当たり前のように笑う龍悟の言葉には心底驚いたが、そこに羞恥心が混ざるとどう返答していいのかわからなくなってしまう。悩んだ挙句、もう一度謝罪の言葉を口にする。

「申し訳ありません。あの……とりあえず宿泊代を」
「お前アホなのか? そんなの受け取る訳ないだろ」

 何処から謝るのが正解なのかと悩んだが、考えてもわからなかったので、形として一番わかりやすい物から返していこうと思った。だが龍悟は涼花の言葉を鼻で笑って一蹴する。

「そんなことより、聞きたいことがあるんじゃないのか?」
< 36 / 222 >

この作品をシェア

pagetop