社長、それは忘れて下さい!?

 つられて朝の挨拶をするが、状況はいまいち把握できていない。涼花の驚きと戸惑いの様子を見た龍悟は、ふっと笑うと、

「身体は平気か? 起き上がれるか?」

 と訊ねてきた。

 その質問に、涼花はどう答えたら良いものかと悩んだ。大丈夫かと問われれば、大丈夫ではないが……なぜ大丈夫ではないのか、自分でも理由はわからない。

 そうしている間もスヌーズ機能が作動した涼花のスマートフォンは、ずっと鳴り続いている。どうやら龍悟はこの音に気付いてここにやってきたらしい。

 龍悟は足元に置いてあったバッグの中からスマートフォンを取り出すと、それを涼花の手元に戻してくれた。

 スヌーズを停止させて日付を確認する。六月十二日、金曜日。時刻は涼花がいつも起床するタイミングとほぼ同じ、午前六時四分。

「社長、ここはどこですか?」
「……ここは俺の家だ」
「!?」

 思いもよらない回答に、涼花の思考と動作はピタリと停止した。ベッドの端に腰を掛けた龍悟は、未だに起き上がれない涼花の顔を覗き込んで呟く。

「昨日のことは覚えてるか?」
「え……っと、杉原社長と役員の方々との会食、でした」
「そうだ。じゃあその後のことは?」

 問われて再度考える。

 昨夜の酒席では、目の前に座った杉原の秘書との会話がほとんどだった。運ばれてきた貝の御造りが美味しいですね、と話した記憶はある。だがそこから先の記憶がごっそり抜け落ちたみたいに、いくら考えても何も思い出せない。
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