スパダリ外交官からの攫われ婚
「待ちなさい、琴さん。さっきのはいったい何のつもりなのかしら?」
まるで次の仕事場に向かう琴を待ち構えていたかのような義母の姿。
さっきまでの笑顔は消え去り、別人のように目を吊り上げる義母を見て琴は心の中で溜息をつく。これは彼女が気に入らない事があった時、琴に向けられるお決まりの言葉だった。
「女将、あの……私が何かしましたか?」
心当たりはあるが、悪いことをした覚えはない。そんなのが通用する相手ではないと分かっていても、琴もいつもと同じような返事をする。
そんな琴の態度が余計に癪に障ったらしく、義母はわざと大きな声を上げる。
「加瀬様が素敵な男性だというのは分かるけれど、あからさまに色目を使われては困ると言っているのよ! 仕事は半人前のくせに、そんな所ばっかり一人前なのね?」
さっき加瀬が琴に案内を任せたことを根に持っているのだろう、義母は琴が加瀬に色目を使ったと決めつけてくる。
もちろん琴はそんなことはしていない、加瀬だってそんな気で琴を見てはいないだろう。
「そんなことしてません。私はただ加瀬様に案内してくれと言われたから、そうしたまでで……」