スパダリ外交官からの攫われ婚


「そろそろ帰るか、少し疲れたような顔をしている」

 「大丈夫です」そう言うべきだったと思ったが、(こと)はその加瀬(かせ)の言葉に素直に頷いてしまう。これでは具合が悪いと言っているようなものだと気付いたが、それでも今は気持ちの余裕がなかった。
 加瀬はそこにいた女性たちに軽く挨拶をすると、琴の肩に腕を回してそのまま受付にい奈緒(なお)とアダンに声をかける。

「ちょっと用事を思い出したんだ、今日は少し早いが先に帰らせてもらう」

「え? そうなの、琴ちゃんは大丈夫?」

 気を使い加瀬はそう言ったが、奈緒にはすぐにそれに気付いたようで琴の方に心配そうな視線を向ける。アダンは何も言わないが、何か紙袋を取り出して加瀬に渡していた。

「ああ、家に帰って休ませるつもりだ。あまり話せなくて悪かったな」

「いいのよ、無理はいけないわ。これ……私の番号とアドレス、いつでも連絡くれて大丈夫だからね?」

 奈緒はバックから名刺を取り出して琴に渡した。可愛らしい長方形の用紙には手書きでスマホの番号とアドレスが書かれていた。

「あ……ありがとうございます、奈緒さん」

 こんなやり取りに憧れていた琴は嬉しくて、名刺をバックに仕舞いながら微笑んでいた。

「……なるほど」

 そんな琴を見ていたアダンがそう言って、奈緒と顔を合わせて笑っている。不思議に思って加瀬に問いかけようとすると、なぜか彼はそっぽ向いて彼女と目を合わせようとしない。
 結局、アダンの言葉の意味が分からないまま琴は加瀬と会場を後にしたのだった。


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