スパダリ外交官からの攫われ婚
攫われて見る夢ほど悲しくて


「……どうしたの、志翔(ゆきと)さん? あらたまって話がしたい、なんて」

 いつもは真っ直ぐに(こと)を見る加瀬(かせ)が、今日に限って彼女に背を向けてそちらを見ようともしない。その様子に琴は少しだけ違和感を感じたが、すぐにそんな事は頭から吹き飛んだ。
 普段は自分がいるはずの加瀬のとなり、その場所に見知らぬ女性が当然のように立っていた。その瞬間、琴はヒュッと息を飲み込んだ。加瀬とその女性の親密な雰囲気に、彼女が加瀬の特別な相手だと嫌でも気付いてしまう。

「……どなた、ですか? その女性は」

 わざわざ確認しなくても答えは分かっているのに、それでも聞かずにいられないのは琴が微かな望みを捨てられないからかもしれない。
 そんな琴の願いを呆気なく砕くように女性は優雅に微笑んで加瀬の腕に自分のそれを絡めて見せた。すると今まで琴に背を向けていた加瀬が振り返り、その女性に琴が見たこともないほど優しい笑みを向ける。
 恋心を自覚したばかりだというのに、琴の胸は二人の親密さを見せつけられ酷く痛む。隠して想っているだけで我慢すると決めたはずの心が、グラグラと揺さぶられるように感じた。

「琴も気付いていたんだろう? 彼女が俺の『初恋の君』だ」

 強い眩暈(めまい)を感じ、琴はその場でしゃがみこみたい気持ちになる。わかっていた、覚悟はしていたはずなのにそのショックはあまりにも大きくて……


< 164 / 237 >

この作品をシェア

pagetop