スパダリ外交官からの攫われ婚
「冗談……ですよね?」
まさか加瀬が本気でそんな事を言っているとは思えない。琴は震えそうな声を何とか誤魔化してそう聞いた。
琴は加瀬の事を何も知らない。独身なのか既婚者なのか、はたまた恋人がいるのかも。そんな男が自分を攫おうかというのだから、あまりに現実感が無い。
「さあ? 冗談になるかならないかはあんた次第じゃないのか?」
加瀬は琴を試すようなことばかり言う。こうしてやるではなく、こうしてやろうかと琴の意思を優先するかのような言い方で。
だが琴には加瀬がそんなことを言い出す理由が分からない。どう考えたって彼が琴を攫ったとしても面倒事しか起こらないはずだ。
それなのに加瀬の態度は変わらない。どうなんだとその鋭い視線で問い詰めてくる。
「私は、その……ごめんなさい! 失礼します」
琴は加瀬の視線に耐え切れず、また彼の前から逃げ出してしまった。色んな感情が一気に押し寄せて、込み上げる涙を乱暴に拭いながら琴は自室へと戻り思い切り泣いた。
その場に残された加瀬だけが苦々しい顔で、その頭をクシャクシャと乱暴に掻いていた。