辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する

 アハマスの領主館は小高い丘の上にあるので、近づくにつれて馬車の通る道も登り坂になった。暫く揺られていると急に店舗などの建物が途切れ、窓の外には人工的に作られたと思われる大きな(ほり)が見えた。濠には水が張られており、水面には緑色の水草が生い茂っている。馬車に乗ったまま、橋を渡ってその濠を通り抜けると、すぐにまた大きな濠が現れた。
 濠は外敵からアハマスの領主館である城を守るためのものだろう。二重になった濠など、王宮以外ではまず見ることはない。サリーシャはここが国境の防衛を担う要塞の役目を果たしていることを実感した。

 しばらくして馬車が大きな門の前で止まる。中でじっとしていると、門番の衛兵と御者が何かを話すのが聞こえた。すぐに話は通ったようで門が開き、ギギギっという音が辺りに響く。

 門を越えて数分で、馬車は停車した。サリーシャが中から周りの様子をうかがっていると、扉が開かれて外から大きな手が差し出されたのが見えた。開いた扉からチラリと外を見ると、こちらを覗くヘーゼル色の瞳と目が合った。
 出迎えてくれたのはアハマス辺境伯である、セシリオ本人だ。サリーシャはその手に自分の手を重ねる。いつかと同じように、手がぎゅっと握りこまれた。

「長旅、ご苦労だった」
「わざわざお出迎え頂き、ありがとうございます」
「いや、構わない」
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