貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
初めてのデート
「うわぁ。すごい! すごいわ、フェルナン様」
「ジェシカ、足下がおろそかになっていて危ない」

フェルナンにさっと手をつながれたものの、目の前に広がる光景に興奮しきったジェシカは、そのことにも彼が思いの外近い距離から目を細めて自分を見つめていることにも、全く気が付いていない。
ジェシカの目の前には、噴水を中心として一面に花畑が広がっている。その奥には芝の広場があり、その先は小高い丘になっている。左手に『釣り堀はこちら』と案内板が立てられている。右手側には森が広がっており、可愛らしく飾り付けられた入り口が見えている。つまり、前後左右どこを見ても楽しそうな場所ばかりだ。これではしゃがずにいられるジェシカではない。

「フェルナン様。まずはどちらへ行きますか?」

手紙にあったハムが美味しいサンドウィッチは使用人に預け、まずは園内を楽しもうといったところだ。ジェシカのあまりのはしゃぎっぷりに、フェルナンは満足げに表情を緩めた。

「そうだなあ……釣りをして、昼食用に焼いてもらうのもいいし、花を楽しむのもいい。昼は、向こうの芝の方で食べよう。森の方は一度入ると時間がかかるだろうから、今はお勧めしない」
「そうなの? それでは……」

フェルナンと目を合わせたジェシカの瞳がキラリと光る。

「「釣り堀」」

ジェシカが口を開くタイミングを見計らって、予測したことを口にすれば、二人の声が見事にハモった。

「くくく」
「え? え? 今、フェルナン様も私と同じことをおっしゃったのかしら?」
「そうだ。ジェシカなら釣りかと思って。くくく、思った通りだった」
「まあ、気が合うのね」

気が合うも何も、フェルナンにはジェシカがやりたがることなど手に取るようにわかる。確かに、花を愛でるのも好きだろうが、なんといっても活発なジェシカだ。彼女なら、釣りか森に入ることを選ぶだろう。その上に、釣った魚をランチに追加できるとなったら迷う余地などない。本当のジェシカを知っていれば、容易にたどり着く答えだ。

つないだ手はジェシカに意識させないまま、フェルナンの自然な誘導で二人は釣り堀へと移動した。

王都の近辺で、気軽に釣りが楽しめるような川はほとんどない。
ミッドロージアン領は王都に近い土地にしては珍しく、山や川に囲まれている。田舎ならともかく、王都の近辺でそれほど自然に恵まれた土地は稀だ。おかげでジェシカをはじめ領民達は、幼い頃から釣りや自然を生かした遊びをしてきたようで、一見うらやましがられるかもしれない。
しかし、ミッドロージアン領は自然災害に見舞われることも少なくない。大雨とそのせいで起こる川の氾濫。人の力ではどうしようもない自然の脅威に、たびたび苦しめられてきた地だ。収入を得る手段に乏しく、被害を最小限に抑えるために手立てを打つ予算もままならなかったのだろう。

国としても、さほど利益の見込める領地でなかったため、手が回っていなかったのが実情だ。国家間の情勢が落ち着き、近年になってやっと支援の輪を広げたところで、ミッドロージアン領も少しは改善されつつある。


「うわぁ。ここはいいわね。誰でも気軽に魚釣りが楽しめるわ」

領内の川では、ゆっくり腰を下ろす椅子なんてない。座るとすれば、ごつごつとした大きな石の上だ。

「なに、この餌。これで釣れるのかしら?」

そこらにいた虫でしか釣ったことのないジェシカにとって、練り餌など初めてだった。

「ははは。ここではこれでも釣れるんだ」
「へえ」
「ほら、ジェシカ。あそこに座ろう」

釣り堀は、仕事を引退したような年代の男が三人いるのみだった。そう、本来釣りとはそういう人たちの楽しみであって、決してうら若き乙女の楽しむものではない。もちろん、デートの定番であるはずもない。
当のジェシカは目の前の光景に胸を躍らせて、期待に瞳をキラキラと輝かせている。

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