ファム・ファタール〜宿命の女〜

 「は?家?」

 は?は?とは失礼な物言いをする奴だな。
 デート場所を聞かれたので「洗井くんち」と答えた私に対する礼人の反応が、これだった。
 そりゃあ、驚くだろう。最初のデートが家だなんて。それは大いに理解できる。だけど、厳密に言えば、デートではないのだ。デートだと思い込んでいるのは私だけ。

 "誰にも聞かれたくない話を、明石さんと話す"

 洗井くんからすれば、昨日、中途半端に終わってしまった話の続きをすることが目的であり、その目的に相応しい場所が洗井くんの家だった、というだけだ。なので、家に誘われたこと、そこには洗井くんの下心も他意も一切含まれていないのだ。悲しいけれど。
 だけどそう知っているのは私だけ。最初のデート、しかも付き合っていない状態のデートが家だなんて。誰でも驚くし、礼人のように「大丈夫かよぉ」と心配するのも納得できる。というか、礼人の反応が限りなく正しい。

「大丈夫。いろいろ事情があってそうなったの」

 濁すしかない状況を伝えることは難しい。そう言うしかない私の心情を察したのか、礼人は「ふぅん」とだけ言って、それなら、と選んだ服を私の前に並べた。
 ジーンズにTシャツ……それを見て思う。なんか地味じゃない?もっと、こう、ワンピース、とか、ミニスカート、とかじゃないの?こんなんコンビニに行く格好じゃん。これじゃない感がすごい。
 それぐらい恋愛経験の浅い、というか、ほぼゼロに等しい私でもわかるよ。
 私が言わんとしていることが礼人にも伝わったのだろうか。

「絶対にデニムで行けよ!」

 と、普段の礼人からでは想像できないほどの強い口調で、念を押された。

「スカート選ぶのかと思ったよ」

 その口調の圧にたじろぎながら、素直な意見を述べると「床に座るかもしれないじゃん。パンツ見えたらやでしょ?」とごもっともな意見が返ってきた。
 なるほど。たしかに私なら、気を抜いた瞬間にパンツを見せるような格好をしてしまいそうな予感がする。なかなか鋭い。伊達に10年あまりも私の幼馴染をやっていないわけだ。

「じゃあ、上の服はもっと可愛いのがいい」

 そう言いながら、お気に入りの花柄のブラウスをクローゼットから出した。これは二の腕カバーもしつつ、胸元のフリルが貧相な胸も隠してくれるという、私得なデザインなのだ。
 私が礼人に見えるようにそのブラウスを広げた途端「だめ。肩丸見えー」と一蹴された。なんだこいつ。

「洗井くんは真面目だろ?肌なんか見せてたら、軽い女だと思われるかもよぉ?」

 ぐっ……ありえる……。割と的確なアドバイスにぐうの音も出てこない私は、礼人が出してきたコンビニルックで洗井くんちにお邪魔することを決めた。
 かなり渋々だが。かなり不本意だが。まぁ、無難に越したことはないだろう。

 Tシャツについたたたみジワを伸ばそうと、ハンガーに掛けていると「付き合うの?」と礼人が一言こぼした。
 付き合う?だれが?余りにも想像外の質問をされたので、頭が追いつかず、変な沈黙が流れる。あー、私と洗井くんの話ね。

「えー?私はそうなれたら嬉しいけど……洗井くんは私のこと、クラスメイトとしか思ってないだろうからさぁ」

 自分で言ってて悲しくなってきたぞ。

「でもまぁ、好きになってもらえるように頑張るよ」

 スチームアイロンを取りにリビングに行こうと礼人の前を通ると、突然腕を掴まれた。
 「なに!?びっくりしたぁ」と私が驚きに目を開くと、礼人は自嘲するような笑みを私に向ける。

「頑張らなくても、美琴はそのままで充分かわいいよ?」
「……なに、急に……」

 心の中で思った言葉が、そのまま口から出る。でも本当に訳がわからないのだ。今までたったの一度も、私に「かわいい」なんて言葉をかけることも、態度で表すこともしなかった礼人が、なぜ急に?なにを企んでる?
 私は礼人の真意を探ろうと、じーっと音が出そうなほど真っ直ぐに、礼人の瞳を見つめた。

「ドキッとしたぁ?」

 緊張感のない笑顔と共に発せられた言葉を聞いて、全身の力が抜ける。こいつはほんとに……しょうもないことばっかりするんだから!!

「礼人にドキッとなんてしーまーせーんー!アイロン取りに行くんだから離して」

 ほんっとにテキトー男!私は苛立ちを隠すことなく階段を降りる。なにに一番腹立ってるかって、ちょっとドキッとしちゃった私にだよ!!
 まじで無駄に顔がいいから余計に腹が立つ。
 洗井くんが爽やかイケメンだとすると、礼人はハレンチイケメンなのだ。なにがいけないって、あいつの目だ。身長が高いからか、自分への自信の表れなのか、顎を上げる癖がある。その時の目がいけない。見下ろすような視線が完全にエロい!!完全に誘惑をしている目だ。ヘタレのくせにっ!!
 私は荒い息を落ち着かせるように、コップに注いだ水を一気に喉に流し込んだ。はぁ……しょうもな。こんなことで一々慌てふためいている場合ではない。明日は洗井くんの家にお邪魔するのだ。
 気持ちが落ち着いた私は、あいつにも持って行ってやるか、とコップにお茶を入れて部屋に向かった。
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