ファム・ファタール〜宿命の女〜

 16時30分。まだまだ蒸し暑いが、夕方の冷たい風と日の傾きが早くなった空が夏の終わりを感じさせた。

「えー、フォークダンスを始めるのでサークルを作って」

 体育教師がマイクを通して指示を出した。
 3年生と2年生の半数が一番外側でダブルサークルを作り、その内側に残りの2年生と1年生の一部がダブルサークルを作る。そして一番内側に残りの一年生だ。
 8組と1組が2年生のサークルに混じったので、1年生が作るサークルは2組と7組が繋がっていた。

「楽しかった体育祭もこのフォークダンスで終わりです!みんな最後まで精一杯楽しもう!」

 その言葉の終わりを合図にオクラホマ・ミクサーのポジションをみんながとった。私も一番初めのパートナーである大垣くんに「よろしくね」と言い、ポジションを取る。男の子がやや後方に立って手と手を繋ぐのだ。厳密には女の子側は手を握るのではなく、ホールドをするのだが。
 とにかく思っているより身体が密着する。水川さん、ごめん!!と心の中で大垣くんの彼女に謝る。授業の一環なので、別に水川さんもなんとも思ってはいないだろうが、私の気持ちの問題である。
 竜生くんの最初のパートナーは亜美ちゃんだった。

 曲が流れ始めて、順調にパートナーチェンジが進んでゆく。ということは、私と竜生くんの距離が開いていってるのだ。やっぱり竜生くんと踊りたかったな……。7組で竜生くんと踊れた女子は亜美ちゃんだけだった。


 
 次に来るパートナーが誰かなんて、わかっていた。
 私と手を繋いだ瞬間、「よぉ」と言いながら礼人は子供の頃から変わらない笑顔を向けてきた。私も「よぉ」とだけ返してダンスに集中する。
 弟みたいだと思っているけど、身長はとっくの昔に追い越されたし、華奢に見えて日々のトレーニングや部活で鍛えている厚みは、間違いなく立派な男性のそれなのだ。
 いくら幼馴染、家族みたい、だと言っても所詮は異性の友人である。体に触れることなんて全くと言っていいほどなかった。触れるときは必要に駆られたとき、しかも一瞬、本当に軽く、というぐらいだ。
 私は踊りながら、変に知ってる相手の方が緊張するな、と感じていた。

 礼人の次の相手にパートナーチェンジをしようとした時、曲が鳴り止んだ。パートナーチェンジをしないまま、私たちは向き合って立ち止まる。
 「次の曲にいきます」という声が運動場に響いた。次はコロブチカだ。

「コロブチカって、本当はカップルダンスで、ずっとパートナーを変えずに踊るんだってぇ」

 曲が始まるのを待つ間、礼人がそんなことを言った。私の返事が欲しいわけではなかったのだろう。礼人は言うや否や、私の両手を取りコロブチカのポジションを取った。

 燃えるような夕日が運動場を赤く染める。強く握られた手が、礼人が私を見つめる真剣な瞳が、痛い。
 その視線の意味に気づくべきではなかった。気づきたくなかった。
 私たちは幼馴染で一番仲の良い異性の友達ではなかったのか。礼人が好きだと言ってこない限り、私は知らないふりをしたい。してもいいだろうか。
 狡い。わかっている。だけど友達を失うこと、友達に好きだと思われていたこと、それに気づけなかったこと。もうその全てに蓋をしてしまいたかった。

 終わる。礼人とのダンスが終わる。パートナーチェンジをする刹那、礼人が私の方に手を伸ばした。だけどその手は取れない。
 私は竜生くんのことが好きなのだ。
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