あの日溺れた海は、

「藤堂センセ〜数学教えてよ〜。」
 

ドアを開けるなり月がそう先生にお願いした。
 

「藤堂先生が一番わかりやすいんです〜」
 

語尾にハートがつきそうなほど甘ったるい声で姫乃がそう続けた。
 
 
「…先生しか頼れる人がいないんです。」
 

勇気を振り絞って出した言葉。少し熱くなった顔を先生に向ける。
 

「…わかったわかった。だから職員室の窓から覗くのはやめてください。」
 

先生は深くため息をつくと根負けしたようで、そう静かに言った。
 

月と姫乃が「イェーイ」「やったあ」と口々に喜びの声をあげる中、わたしは申し訳なさが募ってきて、「すみません。」と小さく呟いた。

すると、そんなわたしに気づいたのか先生は眉を下げて笑った。

まるで「しょうがないな」と言っているような優しい笑みにわたしも少しほっとして笑みを返した。
 

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