エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
『日奈乃、結婚しよう』

 そういえば、プロポーズのときはおろか結婚してからも彼から『好き』や『愛している』といった類の言葉をもらったことがない。

 そんな気持ちがないから当然なんだ。こだわっていたわけではないが、ここにきてその現状が胸に刺さる。

 体の関係もずっとなかった。稀一くんの優しさだって受け取っていたけれど、単に求められていなかっただけなのかもしれない。

 嫌だ。短い結婚生活を振り返って、なにもかも卑屈に捉えてしまう自分。大好きな人と結婚できた。大事にされていて幸せなのに。

 けれど、稀一くんは? もしかして私、大きな勘違いをしていたの?

『……もしも好きな人ができたから私と別れてほしいって言ったらどうする?』

『ひとまずひなの言い分をじっくり聞くかな』

 冷静に返されてショックだったやりとりを思い出す。私は想像しただけで泣きそうだったけれど彼は違う。彼にとって私は、簡単に手放せてしまう存在なんだ。

 息が詰まりそうなのは、きっと今のうつ伏せの体勢だけが問題じゃない。胸だけではなく胃までむかむかしてくる。

 もしも稀一くんの結婚が父に言われたからなのだとしたら、彼の気持ちがないのにこのまま知らないふりをして結婚生活を続けてもいいの? 今ならまだ引き返せる?

 別れてほしいって言ったらどうする……か。

 切なさで息が詰まりそう。呼吸さえもままならない。私は自分の手のひらを握りしめ、悩みぬいた末にある決意をした。
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