エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
「まだ全然足りないな。なんせ二人分甘やかさないと」

 タイミングのいい彼の発言に胸の奥がチクリと痛む。

「なら……」

 思いきって続けようとした言葉は寸前で唾液とともにぐっと飲み込んだ。

 私を好きになってほしい。父の件がなくても私との結婚を選ぶくらいに。実際どうなの?

 伝えたい。聞いてみたい。でもその後、どうする?

 仮に稀一くんが、私を愛しているわけではなく父に言われて結婚したと明らかにしたとしても、今さら別れられない。妊娠しているからだけじゃない。

「……好き」

「ん?」

 声になるかならないかのボリュームだったので、稀一くんは聞き取れなかったらしい。それでいいや。

「ううん、なんでもない」

 稀一くんは納得しきれていないものの深く追及はしなかった。 

 しばらく見つめ合い、動いたのは私だ。

 形のいい彼の唇に自分の唇を押しつける。不意を突かれた稀一くんの表情に少しだけ満足し私は微笑んだ。お返しとばかりに稀一くんが私の額に口づける。

 優しくて、どこまでも大事に扱われる。彼にさらに身を寄せ、目を閉じた。

 もう少ししたら稀一くんにはベッドに行ってもらおう。

 繋いでいないほうの手で頭を撫でられる。結局、私の目論見通りにはいかず、彼はずっと私のそばにいてくれた。
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