強情♀と仮面♂の曖昧な関係
本堂に向かうと父さんがすでに座っていて、母さんも後ろから入ってきた。

「紅羽、何か言うことはないか?」
広い本堂の中に響く父さんの声。

「勤務先を異動になりました」
やはり、本題はなかなか口にできなくて、当たり障りのないことを言ってしまった。

「いつからなの?」
母さんの声が後ろから聞こえ、父さんはジーッと私を見ている。

「来月から、隣町の市立病院に行くの」
「随分中途半端な時期ね」
「うん。部長ともめて・・・とばされてしまった」
「まあ」
母さんが驚いている。
でも、そのことを咎めようとはしない。

子供の頃から、母さんはいつも私の味方だった。
あまり叱られた覚えがない。
友達の家では、『普段口うるさく注意するのはお母さんで、お父さんは何も言わない』よくそんな話を聞いたけれど、我が家は違っていた。
叱るのはいつも父さんの役目だった。

「それだけか?」
父さんの顔が怖い。

きっと、父さんも母さんも気づいている。
もう、ごまかすことはできない。

「赤ちゃんができました」
「父親は?」
「・・・」
言えない。

「紅羽、こっちに帰ってきなさい」
え?
「1人で子供を育てられるはずないだろう」
「・・・」
「育児をなめるな」
「・・・」

父さんと母さんは実の子供には恵まれなかった。
それでも、私を育ててくれた。
色んな思いや、苦労があったんだと思う。
だからこそ、「妊娠してしまった」と言った私に怒っているんだ。

「どうやって子供を育てますってビジョンがないなら、帰ってきなさい。いい加減な気持ちで親になろうなんて、父さんは許さない。いいね」
そう言ったきり父さんは席を立った。

住職であり、元教師の父さんの言葉は重たい。
私には逆らうことができない。

「子育ては紅羽が思うよりも大変よ。ちゃんと父さんを納得させられないなら、帰ってきなさい」
「母さん・・・」
「大丈夫。いざとなったら、母さんとおばあちゃんが育ててあげるから」
優しい笑顔を向けられた。

「母さん、ごめんなさい」
< 89 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop