タツナミソウ
翔平が作業中にいきなり隣に来た。かまえてしまいペティナイフを持っていた右手をざっと上にあげた。また笑いながらグッと顔を近づけてきて「これのやり方わかんないんですけど」とみんなに聞こえる声で言ってきた。ちょっとドキドキしているのを隠したくて私も顔を引かずに首を傾げた。左の口角だけ上げた翔平が私の耳元で呟いた「これからの事ちゃんと話し合おう。」と。

マスクと帽子で顔がほとんど隠れていてよかった。この気持ちがバレないように、余裕の素振りで「いいよ。どこがわからないの?」と返した。他の人にはみつからない机の下で翔平の服をちょこっとだけ摘んで引っ張りながら。

会社の人に会わないように、仕事終わりに少し遠くの翔平の家に行く事になった。

私はいつも仕事が終わってから帰るのが早い。帰るだけだし、特に気にして身なりを直す必要もないかなと思っていたから。

舞はそんな私に「毎日ちゃんとしてないと突然ウンメイ的な出会いがあった時どうするの?それに少しでも多くの人に可愛いって思ってもらえた方が特だよ。」等と言ってくる。

彼に再会するまでの私は、この言葉は正直うざったいなと感じていた。私の事を思ってくれているのはもちろんわかっている。だからこそ嫌だったのもあるのかもしれない。
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