魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「お母様、今日はどうされたのです?」
 レインは向かい側に座る母親に声をかけた。

「あなたに会いに来たのよ」

「お兄様ならともかく。お母様が私に会いたい、というのは嫌な予感しかしないのですが」

「いやーね。この()ったら」
 やはりレインは警戒しているのだろう。そっと、トラヴィスに寄り添う。

「あのね、レインのための魔力回復薬ができたのよ」

「え」
 母親があまりにもまともなことを言ったからか、レインは気が抜けてしまった。
「私のための回復薬ですか?」

「ええ」

 レインは驚いてトラヴィスの顔を見上げてしまった。トラヴィスは喜んでいいのか悲しんでいいのか、よくわからないような複雑な表情をしていた。だけど、その目は「きちんと受け取りなさい」と言っているように見えたので、レインはその小瓶を受け取った。

「あ、ありがとうございます」

「まだ、これしかできていないのだけれど。その、試してみて。改良が必要だったら言ってちょうだいね」

「お母様」

「ほら、ね。あなたのお父さんもね、ずっとあなたが生まれてくるのを楽しみにしていたの。だからね、あなたも、次に生まれてくる命と出会えるように。その、ね」

 ニコラが言わんとしていることをなんとなくレインは察した。

「お母様……」
 レインは立ち上がると、ニコラに抱き着いた。

「お母様、ありがとうございます」
 ニコラは娘の背を優しく撫でる。

「うん、私も早く孫の顔を見たいしね」

 ニコラのその一言が、なぜか心に引っかかるライトであった。
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