魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 ライトはトラヴィスに視線を送り、二人はニコラの前に腰を落ち着かせた。侍女が黙って二人の前にもお茶を置く。

「どうして、突然、戻ってこられたのですか?」

「あなたが、こんな手紙を寄越したからでしょう?」
 テーブルの上に、くしゃくしゃになった封書を置いた。

「手紙……」
 そう言われると、一月(ひとつき)以上も前にそれを出した気がする。が、そのときは義母がどこにいるかなんてわからなかった。だから、届かないと思っていた。

「それで、レインは? 姿が見当たらないし、誰も、何も教えてくれないのよ」

「それは、俺が口止めしているからです」

「なんで?」

「レインはもう、ここにはいません」
 ため息とともにその言葉を吐き出した。居場所については、隣にトラヴィスがいる以上、今は口にできない。

「どうして?」

「レインが望んだから」

「そう」
 そこでニコラはお茶を飲んだ。それだけの会話でいろいろと悟ってくれたということだろう。
「ところで、トラヴィスくんも、レインの事情は知っている、でいいのよね? このまま、話を続けてしまってもいいのかしら?」

 ニコラが言うレインの事情。それは、魔力枯渇という事情。
 トラヴィスは黙って頷いた。
 トラヴィスがレインの母親と会うのは、今日が初めてではない。
 最後に会ったのは数年前。そう、前団長が亡くなった時。初めて会ったのは、レインとの婚約を認めてもらったとき。
 いつでも彼女は、温かな笑みをその顔に浮かべていた。レインに似た顔で。
 今も、レインのことを案じながら、そこには穏やかな笑みが浮かんでいる。
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