異国の地での濃密一夜。〜スパダリホテル王は身籠り妻への溺愛が止まらない〜
「痛いので離してください。家に入ります、母が待っていると思うので」


 ハッとした表情で「ごめん」と呟き腕を離される。私と彼との間に最も簡単に距離ができた。私は無言で、後ろを振り返らずにカタンカタンと音を鳴らしながら階段を登り部屋に入った。彼の最後の表情は見ていない。いや、見れなかったと言った方が正しい。自分の顔を見られるのも嫌だった。泣くのを必死で我慢している顔なんて見せられない。


「真緒、おかえり。ずいぶん遅かったじゃない」


「ごめんごめん、すぐに晩御飯の準備するからね」


 母にバレないように洗面所で涙を我慢して赤くなった目を冷やした。
 時刻は午後七時。成人済みの大人にこの時間で遅いという母は私の事になると変わらず過保護だ。唯一遅く帰れるのは土曜日の楽団の練習がある時だけ。平日は仕事が終われば真っ直ぐ家に帰り晩御飯の支度をして母と一緒に食べる。
 今日も二人分の夕食を準備して片付けてお風呂に入り後は眠るだけだ。


 もう彼は外にはいないだろうか。


 気になって何度も外を見そうになったがグッと堪えた。


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