貯金500万円の使い方


 保育園と小学校をまわった頃には、太陽はぐんと高い位置までやってきていた。

 コンクリートはすっかり熱に侵されて、僕たちは上からも下からもじりじりと焼かれていた。

 自転車に乗っていても、押し寄せるのは熱風ばかりで、全然心地よくない。

 吸い込む空気は気持ち悪く、何をしていても熱気に包まれて汗を吹き上げさせる。


「他に行きたいとこある?」


 このうだるような暑さに、舞花を後ろに乗せて走るのは正直限界だった。

 だからと言ってこの炎天下の中歩かせるわけにもいかない。

 意地で自転車をこいでいたけど、どこか涼しいところに入りたい。

 コンビニでも何でもいい。

「コンビに入らない?」と僕が弱音を吐きそうになった時、舞花が言った。


「中学校も、行ってみたいな」

「え?」

「柏原君たちが行ってる中学校」


 僕は自転車に巻き付けた腕時計で時間を確認した。

 時刻は、11時を少し回っていた。

 部活までにはまだまだ時間がある。

 僕は一瞬考えたけど、申し訳ない気持ちを込めて舞花に言った。


「ごめん、それは無理」

「え?」

「うちの学校、校内に入るときは制服か体操服、それか部活のユニフォーム着用だから」


 さすがに私服の舞花を入れてやることはできない。


__「もう……、あおい君は変に真面目なんだから」


 あの頃の舞花が、僕をたしなめる。

 だけど今回は違った。


「そうだよね。ごめんね、わがまま言って」

「いや、別に。でも、……中学なんか行ってどうすんの?」


 中学校なんて、舞花には縁もゆかりもない。

 思い出なんて何もない。

 そんなところに、どうして行きたいんだろう。


「そう……だよね。ごめん、言ってみただけ。じゃあ、ここで」


 自転車の後ろが急に軽くなる。

 その感覚に、僕は寂しさを感じずにはいられず、思わず声をかけた。


「えっ、送るよ。暑いし」

「ううん。大丈夫。それに柏原君もこれから練習でしょ? 遅れちゃうよ」


 そう言いながら、舞花は僕から距離を取る。


「じゃあ、また、明日」


 僕は小さく手を振る舞花をじっと見つめた。

 だけど舞花は、手を振り続けた。

 その姿に、僕は言いたいことのすべてを飲み込んだ。


「……うん。また明日」


 僕は舞花に背中を向けて、学校に向かってペダルを力強く踏みこんだ。



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