置き去りにされた花嫁をこの手で幸せに
退院してから室長にはすぐに連絡をとり、できればこのまま退職したいと私の意思を伝えた。
理由を聞かれ、一身上の都合と体調不良だと話した。

『なぁ、槇村くん。何があったんだ?急にこんなことになるなんてどうしたんだ?石垣島の仕事、こんなに頑張っていただろう。完成を見ないのか?アクティビティだって君の案がいくつも動き出してる。ロビーやエントランス、ガーデンも部屋も全て君と加賀美くんをリーダーとしたチームで作り上げてきただろう。もういいのか?』

『この仕事大好きなんです。やりがいもあるし、何より調べることも考えることも楽しいから辞められなかったんです。でも周りからはそう思われてないのが辛くて耐えられないんです。噂はそのうちなくなると思っていましたけどそんなことはなくて、返って一人歩きしてます。もうみんなから後ろ指差されるのは耐えられなくなりました。申し訳ありません』

『君は後ろ指差されるようなことは何もしてない。私も企画戦略室のみんなもわかってる。それだけじゃダメなのか?』

『申し訳ありません。もう耐えられません。またこうやっていつ倒れるかわからないのでご迷惑もかけられません』

『まだ昨日の今日だ。もう少しゆっくり考えなさい。焦って後悔することのないように。でもこれだけは言わせてほしい。企画戦略室のみんなにとって君はなくてはならない存在だ。君を知ってる人間には噂は噂にしか過ぎないって分かってるからな』

『ありがとうございます』

私は電話を終えるとホッと肩の力が抜けた。
とうとう室長にいってしまった。
期待してくれていた室長にこんな形で伝えなければならないことを残念に思う。

ベッドの上で大の字になって横になった。

もう何も考えたくない。
こんな人生やめたい。

ハァーと大きなため息が出てくる。

あぁ、どうしてこんなに辛いことが私ばかりに起こるんだろう。
何が悪かったんだろう。
 
一日中何もしないでいてもお腹は空いてくる。
お腹は元気な証拠。生きてる証拠。
1階に降りると母が誰かと玄関で話しているようで声が聞こえてきた。

やがて母が話し終わりリビングへ戻ってきた。

「あら、起きれた?」

「お客さん?」

「加賀美さんがお見舞いを持ってきてくれたのよ。仕事の合間だから、とすぐに帰られたけど」

加賀美くん?

「奈々美の好きなお菓子をちょうど見かけたからって。昨日も駆けつけてくれたしいい人ね」

母から手渡された紙袋には私の大好きなチョコレートの新作が入っていた。それとは別に私がよく食べているコンビニのスナックも入っていた。

「あら、奈々美の好きなスナックも入ってる」

加賀美くんは室長にもう聞いたかな、私が辞めたいって伝えたこと。
昨日はその話に返信ができなかった。
でもいつまでも加賀美くんに言わないわけにはいかない。一番負担をかけてしまうのは彼だから。

私は2階に戻り加賀美くんへメッセージを送ろうとスマホを手にした。
すると加賀美くんからメッセージが届いていたことに気がついた。

【槇村の好きなチョコの新作を見つけた。これのお礼は高くつくからな。早く元気になって仕事に来いよ】

ハハハ。
なんだかいつもの加賀美くんらしいな。
なんて返信したらいいか悩んでいたが思わずメッセージを返していた。

【ケチ】

するとすぐに既読がつき返信が来た。

【もう食べた?美味しかったか?】

【うん。2つ食べちゃった。すごく美味しかった。ありがとう】

【なら仕方ないな。働くしかない。辞めるなんて言わないで出社しろよ。俺が守るから大丈夫】

そうくるか。
どうして急に甘くなるのよ。
私はスマホを手に顔が火照るのを感じた。
固まってしまい返信に困っていると続けてメッセージが届いた。

【槇村、過去は関係ない。今が大切だから俺はお前を守りたい。もう後悔したくない。ちゃんと素直になるよ。これからはずっとお前のことを好きだと言い続けたい】

加賀美くんの想いが伝わってきて苦しい。

でも加賀美くんと一緒にいるとまたみんなから色々言われちゃう。
加賀美くんは自分がどれだけモテるのか、目立つ存在なのかわかってる?
私は目立ちたくないの。
だから加賀美くんからの想いは受け止められない。
ちゃんと言わなければならない。
私も加賀美くんといると素の自分でいられる。言いたいこと、思っていること全てぶつけられる。正直なところ彼の隣は悠介の時にはなかった心地よさがある。
でも加賀美くんとは付き合えない。
そもそももう付き合うとか考えたくない。
この胸が締め付けられる私の気持ちには蓋をして加賀美くんに返信した。
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