婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

なかなか懐かない猫を捕まえようとするみたいに、宗一郎がゆっくりと近づいてくる。

長い指に顎をすくわれ、奈子はじっと宗一郎を見つめた。
宗一郎がうれしそうに笑う。

「なるほど、奈子は俺を好きになりたいんだ」

真っ赤な花で染められたように、奈子の頬が色づいた。
そっぽを向いて膝を抱える。

途端に上機嫌になった宗一郎が、隣に座って窮屈そうに脚を組んだ。
肩の触れる距離にいられると、心臓の音がどんどん大きくなっていく。

耐えられなくなった奈子は、宗一郎のチェスターコートの中で隠れるように小さく丸くなった。

「それならきみが俺に恋をすればいい。好きになった奴と結婚できる」

話が通じているのかいないのか、奈子はまた腹が立ってきた。

「もう、そんなふうに簡単に言って! 宗一郎さんって、きっといつもそうなんでしょう。余裕たっぷりで、思い通りにならないことなんてひとつもなくて。ちょっと笑ってキスでもすれば、私がすぐにあなたを好きになるって——」

肘を掴まれ、大きな手に引き寄せられる。
宗一郎のコートが肩から落ち、代わりに力強い腕に抱きしめられた。
髪の隙間に滑り込んだ指が、奈子を優しく上向かせる。

今までどうやって息をしていたのか、奈子はもう二度と思い出せない気がした。

「いいよ、俺を好きになってごらん」

宗一郎がちょっと笑う。
そして、奈子にキスをする。

目を閉じると、恋に落ちる音がした。
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