堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
エピローグ

*◇*◇*

「そろそろ行くぞ」

「ちょっと待って!何か忘れ物してる気がする」

パタパタと走り回る彩芽に、「向こうには何でも揃ってるやろ」と呆れたようにタロちゃんは言った。

同じようにタロちゃんの腕の中から、呆れたように「あー」と声が聞こえる。

息子の悠太郎だ。

彩芽が和泉に嫁いでから、二年の月日が経つ。

結婚後すぐに身ごもった彩芽は、結婚一周年を迎えるころには母となった。


お腹の子が男の子だとわかった時、タロちゃんは意外と名づけにこだわった。

「和泉本家の長男は名前に『太郎』をつけるのが代々の習わしになってる。でも、何太郎にするのかが問題や」

タロちゃんは『篁太郎』という名だが、『篁』という字が読みにくい。いつも「何太郎?」と聞かれ、そのたびに「コウタロウ」と説明するのが嫌だったらしい。

「俺は、説明がめんどくさいから『タロウと呼んでくれ』って言うようになった。子どもはわかりやすい名前にしてやりたい」

こうしてタロちゃんは名づけの本を読み漁り、『悠』という字に落ち着いたのだ。


悠太郎は一歳になったばかりだが、みんなに「さすが、和泉の跡取り!」と言われる風貌をしている。

赤ちゃんはあやすと「キャッキャッ」と可愛く笑うと思うのだが(彩芽のイメージでは)、悠太郎は大人のようにフッと笑う。すごく落ち着きのある一歳児なのだ。

しかも、いつも真剣な顔をしている。

「悠くん、何か怒ってるの?」と、彩芽が頬をぷにぷにとつつきながら問いかけると、「あー」と短い返事が返ってくる。

まだ話せないのでしょうがないのだが、話せるようになっても口数は少ない気がする。

つまり、タロちゃんの血を濃く継いでいるのだ。

タロちゃんがソファーに座り悠太郎を膝に抱いてると、大小の違いがあるだけで同じような真面目顔が二つ並ぶ。

彩芽が「ねえ」と声をかけると、同じ顔がこちらを向くので可笑しくてしょうがない。

ケラケラ笑う彩芽を見て、不審そうな顔をするのがまた揃っていて、さらに笑いがこみ上げる毎日だ。

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