【短編】卒業
卒業

和人ー主人公
甲斐ーさおりの彼氏
さおりー甲斐の彼女

寒さが少し残る

二月十五日僕たちは卒業する。


思えば楽しい事は沢山あった。


修学旅行では沖縄の綺麗な海を体験できたし、テニス部では県でそこそこのところまで行けた。


人よりは少し楽しめた自信はある。


高校生の青春は楽しんだつもりだ。


空を見上げると曇ひとつない快晴だ。




卒業するにはもってこいの日だ。





「和人ー写真とろーぜ」
「おう。今行く!」


駆け足で友人の甲斐にところに向かう。


今はみんなクラスで集まっており、


僕は教室から反対側にある


トイレから戻るところであった。


軋む木の床。

ボールペンで書かれた無意味な落書き。

学校の匂い。



それらをもう毎日味わうことはないのだ。



通っているときは嫌な授業があれば



屋上でサボる事もあった。


そんなことを柄にもなく

感傷的に思い出していた。


教室に着くと甲斐と女の子がいた。


甲斐の彼女のさおりだ。



甲斐とさおりは付き合って一年になる。




高校生の恋愛で一年という


数字はすごいと思う。


さおりの髪はロングで胸のところまである。



スタイルもよく男子からの人気者である。


原宿に行った時には五人から


スカウトされたらしい。



まさに高校のマドンナ的な存在だ。



一人の友人として誇りに思う。



「かずき、トイレ長かったな。

大物でも出してたか?」



甲斐は大きく笑った。


筋肉質で高校生にしてはガタイが良い。


おそらく喧嘩なんてすれば


一瞬でやられるだろう。




「もう汚い。ほんとにやめてよね」
「ごめん、ごめん」




苦しい。






甲斐のことはいいやつで


僕自身も好きだが、



どうしてもさおりといるときは



好きになれない。





さおりはいつも甲斐といる時は笑顔だ。



自分が笑わせてあげたいと




何度も思ったこともある。




しかしその度に甲斐の顔がちらつく。


かけがえの友人を持つことは




大切とされているが複雑に




構成された大切な友人も存在する。




くだらなくてでも大切な




お喋りをしていると



担任が教室に入ってきた。




助かった。



これ以上好きな人が好きな人と



話しているのは辛いと思っていたからだ。






「はい。みんな着席して」




 担任の合図とともに全員が座る。




クラスの委員長が号令をすると



同じように全員で挨拶を行う



この作業も最後だ。






これからしていく事全てが



最後だとすると名残惜しい



気持ちは出てくる。





担任の最後の言葉をもらい



卒業式が行われる体育館に向かった。



体育館では同じ部活の仲間や



他クラスの友人とも軽く手をあげ挨拶した。






卒業式が始まり



校長先生の言葉やP T A会長の



言葉など聞き、こんなに沢山の人の




言葉を本当に聞く必要があるのかと




自問自答していた。 






気づけば卒業生答辞の時がやってきた。




答辞を読むのは甲斐だ。




卒業生答辞の合図とともに




甲斐が壇上に上がる。





姿勢が良くとても凛々しくまさに




答辞にふさわしい。




甲斐は普段と違い真面目な




言葉でハッキリと喋っている。




ふと横にいるさおりを見ると、





甲斐を一心不乱に見つめていた。







この男のギャップにさらに




惚れ直しているところなのか



どうかは分からなかったが満点の星空を



見ているかのように目は輝いていた。





答辞も終わり、何人かの



親が泣いている声が聞こえた。




それほど甲斐の答辞は良かったのだろう。




生徒の何人かも泣いていた。




さおりも泣いていた。






みんなでの最後の



合唱も終わり式自体も後は退場するのみだ。





「おわちゃったね。私たちの学校生活」





横にいるさおりが話しかけてきた。



どうやらもう泣き止んでいるようだ。



少し目の周りが赤くなっており、


より可愛さが増している気がする。




いや、増している。




「本当にあっという間だったな。



もう少し色々何かしたかったな」




「えー和人は結構楽しんでた



イメージだけどなー」




「まあ、楽しかったけど




もっと楽しめたなとふと思ったんだよ」




「和人でも後悔なんてするんだね」




「人間だからな」




どうやらさおりの中では



和人という人間は強い存在なんだと驚いた。





本当は言いたいことも言えない




臆病者なのに。




卒業式が終わり、




先生の本当の最後の言葉も終わり



三年生の生徒はみんな広場に集まっていた。




周りを見渡すとバスケ部や


サッカー部の後輩達だろうか



見たことある人達が友達と喋っていた。



この二つの部活はいわゆる



イケイケ部活なので




広場の中心にあたり前のようにいる。





かく言う自分も広場の



中央近くに三人でいる。


僕、さおり、甲斐の三人だ。




最後だからと言うことで、



三人で今から写真を撮る所だ。



さおりが携帯のカメラを内カメの



状態にしてシャッターボタンを押した。



さおりと甲斐は慣れた距離感で



撮っているが僕はあまり



自撮りなどしないので



僕と甲斐達二人の間に変な幅が出来ていた。





「ちょっと和人もう


少しこっちきてよー変な間があるじゃん」



「しっかりしてくれよ、和人ー」




二人は冗談まがいに僕に言ってきた。



「ごめん、ごめん、もう一回撮らして」


僕は笑いながら二人に



お願いをしてもう一回写真を撮った。



確認するためにさおりは



自分の携帯と睨めっこしてちゃんと



撮れていたのだろう。



微笑み、後で送るようにすると言った。 



さおりはトイレに行くと言って駆け足で



校舎に入っていった。



僕もトイレと言ってさおりに



ついて行く形になった。




甲斐は他のみんなと



写真を撮るらしくいってらーと




声をかけられただけだった。




本当はトイレなど全く



行く気はなかったが



このチャンスを逃しては後がないと思った。





二人でだれもいない廊下を歩いていると




さおりが声をかけてくれた。






「なんか卒業式あっというまだったね。




正直予行練習のほうが卒業式ぽかったよ」





さおりが意外なことを言ったので



びっくりした。





「でも、甲斐の答辞で泣いてなかった?」





「あーあ、あれは泣けちゃうよ。



だってめちゃクチャいい言葉だったじゃん。





でもそれ以外は練習通りって




感じがしてイマイチ感動に欠けたかなー。



私って意外とドライなとこあるみたい」



 なるほどあの涙は



甲斐だからこそ引き出せたのか。







少し落ち込んでいると




トイレに着いたのでお互い分かれた。




僕はトイレを素早く終わらし





外でさおりを待っていた。



するとすぐにさおりがやって来て




あまりの早さにびっくりした。




おそらく化粧直しをしていただけ



なのだろう。




左手にある化粧ポーチと




少しさっきより濃くなった




唇を見たらわかった。







さおりの変化には敏感なので




少しの変化でも大きく変わった



ように見える。




「さおり、ちょっと話があるんだけど



あっちいい?」





「うん。いいけど」




 さおりは一体どうしたんだろう



と言う顔でこちらを見てきたが



見ないふりをした。




少し歩き校舎の端の方にきた。




ここは人がそんなにこないので




内緒話をするにはもってこいの場所だ。






 僕はさおりの方に振り向き言葉を投げた。








「さおり、好きだ。






一年の頃からさおりのことが好きだった。




笑う時に手を隠す仕草とか、



たまに周りをきにせず笑っている所も



好きだ。



部活している時に本当はロングに



したいのに邪魔になるからと





言ってショートにしていた所や





誰かが困っているとすぐに駆けつける所、



人にハッキリと言える所、



誰にも分け隔てなく接している所、




全部好きだ。」




体が熱い。




背中に汗がしみるのがわかる。





まるで真夏の様だ。






唇も乾燥してすぐに下で触ってしまう。




返事を待つ間はとてつもなく長く感じた。




いや、実際に長いのかもしれない




さおりの方をじっと見ていても




動く気配がない。




唯一動いているの




は眼球だけで後はコンクリート




の様に固まっている。




「あ・・・え・・・本気?」




「本気だよ。




僕はさおりが好きだ。 



甲斐と喋っている時も 



自分ならもっと笑顔にできと




思っていたし、





相談に乗っている時も


自分なら幸せにできると思っていた。



それに甲斐も僕にとっては大切な友人だ。



だから今まで言えなかった。」





「なんで今・・・」





さおりは動揺を隠しきれていない様だ。





「東京の大学に



行くからもう会う機会が



なくなってしまうかもしれないから・・・」





「それでも・・・」





「さおり。返事を聞かせて」





僕は精一杯の笑顔を作りさおりに聞いた。






もしかしたら史上最悪の




笑顔しているかもしれない




口角が痛い。





「ごめん・・・私、甲斐が好き」







さおりは泣いていた。




こんなに人のことが思える人が





この世に他にいるのか、




少なくとも僕はさおり以上の女性を




知らない。




さおり以上の女の子を知らない。





そんな泣いている姿を見て





少し嬉しく思った。




さっきは甲斐の言葉に





涙を流していたけれど



今は僕のために涙を流してくれている。




例えその涙の意味は





全く異なるものだとしても。




例えさおりが悲しんでいたとしても。







「うん。知ってる。




ずっと近くで見てきたから。




さおり僕なんかのために




泣いてくれてありがとう。




さおりを好きになって良かった。




僕は先に広場に戻るから





落ち着いたらまた戻ってきて。」






さおりは顔を伏せながら





小動物の様に頷いた。









僕はさおりを一人にして







広場に戻った。




広場を見渡すと




卒業生達の幸せな笑い声や




後輩から先輩への最後





の言葉など色々な所で行われていた。





広場に行くと真っ先に





甲斐の姿が見えた。







僕と甲斐は目があい甲斐が駆け寄ってきた。






僕は甲斐を抱きしめてやった。






甲斐はびっくりしたといってきた。





僕はすかさず言い返した。






「甲斐。






さおりをこれからも幸せにしろよ。」







甲斐はまだびっくりした





表情をしているおそらく





全然理解出来ていないか今さら





甲斐にとっては当たり前のことを






言われたのでびっくりしているのだろう。






「まかせろ」




甲斐は一言だけ言った。






甲斐の言葉は安心をくれる。







「任したぞ!」






僕は笑顔で甲斐の背中を叩いた。






さっきよりは口角が痛くない。






きっと笑顔が作れている証拠だ。






しばらくしてさおりがやってきた。






「さおり!ありがとう。」







僕は周りの目など気にせず叫んでいた。









「こちらこそ!ありがとう。」






甲斐は何が起こっているかも





分からなそうだったが笑っていた。





僕とさおりも笑った。






晴天の青空が上にある。








今日は卒業するにはもってこいの日だ。
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