さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた
 保護者の許可もなく遠方に連れ出すのもどうかとは思ったのだが、ホタルが『おばあちゃんに話しておくから』と言うので、そのまま任せてしまったのだ。
 透はため息を吐いた。自分は本当に駄目な大人だ。

 古い台帳の備考欄に書かれていたのは、東京の下町にあるアパートの住所と〇九〇から始まる携帯電話の番号。なにぶん十五年前の情報で、今もそこにいるのか微妙だが、それしか手がかりはない。

 ホタルは麦茶が好きと言いながら、グラスにはまったく口を付けなかった。ちゃぶ台の上のグラスを片づけて、縁側に出る。
 小さな中庭は質素で飾りけがない。ほたるび骨董店へと続く苔むした石畳の脇に、姫沙羅の木が一本だけ植わっている。椿に似た一重の白い花がいくつか、緑の葉の陰にひっそりと咲いていた。

「思い出したいこと、か……」

 少女の家族写真の謎。そして、なぜか時期が符合する自分の少年時代の空白。
 これは偶然なのだろうか。

 グルグルグルと大型の猛獣の唸り声のような音を立てて、遠雷が近づいてきていた。瓦屋根の向こうに積乱雲が見える。
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