彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
猪鹿蝶
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「ホントあんたってかわいくないわ」

「別に麻由子にかわいいなんて思われたくないからどうでもいい」

4つ年下の幼馴染みの健斗はそう言って視線を手にしていた文庫本に向けた。
その辺の高校生よりはずっと大人びて見えるけれど、コイツはまだ中学生。

「ちょっと、まだ話は終わってないからっ。こっち見なさいよ」

健斗の読んでいた本を取り上げ、中に目を通すと思わず声が出てしまった。

「え、ナニこれ」

「ダンテの『神曲』麻由子だって題名と作者くらいは知ってるでしょ」

馬鹿にしたような言い方に私のこめかみがビクリと動いた。

「そのくらい知ってるつーの。そんなことよりこれが日本語でも英語でもないってことが言いたかったのよ」

健斗が読んでいたのはたぶん、イタリア語で書かれた『神曲』だ。
コイツの亡くなった祖父がイタリア人ってことは知っていたけど、まさか読み書きまで出来たとは。

「片言だけど、お袋はイタリア語を話せるしね。勉強してみたら思ったより簡単だったんだ」

「思ったより簡単だったーーー?マジでムカつくわ、健斗。あんたホントに何様よ」

健斗のおきれいな顔の真ん中に付いている鼻をぎゅうっとつまんで左右に揺らしてやった。

「痛ってぇーな、やめろよ」

しかめっ面で私の手を振り払った健斗の額を更に小突いて私は立ち上がった。

「カラオケ行こう。点数で勝負よ」

「は?嫌だし」
健斗はうんざりしたようにため息をつく。

「ダメよ、カラオケなら負けないわ、ーーーたぶん」

「いいかげんにしてよ」
しっしっと私を追い払おうと振る健斗の右の手首をひっつかんで引っ張ってやるとヤツは渋々ながら立ち上がった。

「行こう。私駅前のより南口のに行きたい。あっちの方がミントアイスが美味しいの」

「ーーー仕方ないな」小さく舌打ちした健斗が財布をお尻のポケットにねじ込んだ。

「カラオケで勝った方がおごりね」
「俺のおごりで決定ってことだな」
「やってみないとわからないでしょっ!」

きーきー言う私より健斗の方が年上みたいで余計に腹が立つ。

いつものように騒ぎながら健斗の部屋を出て玄関に向かうと、幼稚園の親子遠足から帰ってきた健斗の弟、康史を連れた健斗のお母さんとばったり出会った。

「お帰りなさい、おばさま、康ちゃん」

「ただいま帰りました。麻由子ちゃん、いつも健斗のお世話をありがとう」

「いいえーどういたしまて。今からちょっと健斗をお借りしますね~、夜までには返します」

「ええ、行ってらっしゃい。お夕飯どうするか決まったら連絡頂戴ね」

「はーい、わかりました」

「おい、世話になんかなってない」と背後で文句を言う健斗を無視しておばさまに挨拶をし玄関を出た。
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