彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「ドイツには何が?」

「ちゅるん、業種は違うんだけど、明後日から始まるスマートエネルギーのちゅるっ展示会にちゅちゅ行ってきて。斬新なプレゼンの仕方をするちゅる企業がずずっあるらしいよ。どんな手法にすれば反対する社員を抑えこめるかちゅー参考になるだろうからちゅぴっ見ておいで」

間々のスティックタイプのこんにゃくゼリーを吸い込む音が気になって話に集中するのが大変だったがタヌキの言いたいことはわかった。
問題は明日出発するために今やっている仕事をどうするかということだ。

今見ている報告書など誰かに代わってもらうことは可能だが、出張前に片付けておきたいものや支社への根回しなどはどうするか。代わりと言っても把握しているのが俺一人だけという現状じゃあ誰かに頼むわけにもいかないーーー

「高橋くん行けない?もしかして行けないの?まさかそんな行け…」

「いえ、残務処理を考えていただけです。行きます」

そんなこともできないのと挑発的な言い方をされてたまるかと思わず即答した。
タヌキに弱みを見せたくない俺は頭の中でどうするか考える。

しかめっ面の俺にタヌキがふふふと悪い笑顔を見せてきた。
「ね、それ押し付けちゃえば?副社長に」

は?
予想外の言葉に一瞬思考がストップした。

「大体ねぇ、こんな突貫工事みたいなタイトなスケジュールになったのは副社長のせいだし、このプロジェクトに異常に拘ってるのも副社長だし。おまけにその前に手掛けたイタリアの企業との大型契約、あれ契約はしたけど、そのあとの業務は社長に押し付けたから結局社長直轄のチームが尻拭いさせられてるっていうし。そもそも僕の早希ちゃんがいなくなっちゃったのだって副社長のせいだし」

一つ一つ言いながら腹が立ってきたのかタヌキはぷうっと頬を膨らませた。

「あの子仕事は出来るようになってきたけど、まだまだなんだよ。もうちょっと周りに目を向けるようにならないと」

タヌキが副社長のことを”あの子”扱いしていることと谷口がタヌキのものかどうかは置いておくとして、副社長に残務を押し付けろという発想はさすがにタヌキ。

「いくらなんでもわが社の副社長に仕事を押し付けるのは無理ですよ」

当たり前の返事をしどうしたものかと考えを巡らせるがタヌキは”そのくらいやらせてもばちは当たらないのに・・・”と不服そうに口を尖らせている。

とりあえずタヌキの意見は無視だ、無視。


こんな時、アイツならどうするだろうか。

ーー由衣子

俺の大事な女はこの会社イチの頑張り屋だ。
俺と同期にして営業成績はここ二年ほどで更に上がっているいわゆる出来る女。
さらに細身だが凹凸はしっかりとあり、力強い瞳が印象的なかなりの美人だ。

普段は作り笑顔しか見せない彼女が本心から笑うと、少し上がった目じりが途端に柔らかく緩み硬い印象がほわっとしたものになる。
まさにギャップ。

家庭に縁がなく、初めて大人の恋をしようとした途端にそれは不実なものだと気が付き傷ついて恋愛する心を閉ざした彼女。
入社時から彼女のことが気になっていた俺は傷ついた彼女のそばにいてやることしか考えられなくなっていた。
彼女の心の傷の根は深い。
両親の離婚も不倫によるものだったという。

薔薇の花に例えられるほどの美しさを持った彼女には花を摘み取ろうとする悪い奴や興味本位で近づいてくる虫も多い。近づいて来る奴の中にはもちろん本気の男も多くいるけれど、今のところ彼女が男性として興味を持つオトコは出現していない。

あれから3年、そろそろ彼女との距離を同期としてではなく男として縮めていこうかと思った矢先に彼女の心に傷を付けた原因の男が北海道から帰ってきた。
しかもまた彼女と同じ部署に。
一生北海道から戻って来なくてもよかったのに。おまけに今週の初めから彼女と二人でイタリアに出張に行っているし。
ああ本当にイライラする。
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