エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 いざ一緒に暮らし始めたものの、ほとんど話をする暇すらない。

 文くんは基本平日は出勤していて、時々宿直もあるから丸二日近く帰って来なかったりする。
 土日もなんだかんだで呼び出されたり、家にいても書斎でなにやら仕事をしているみたい。

 一週間が経ち、また一週間と過ごしていくにつれ、文くんがあまり帰宅しない日々に慣れて、同居に対する緊張も完全に薄れていた。

 私は毎日執筆に励んでいた。そもそもの目的は仕事に集中するためだったから。

 けれども、文くんへの感謝の意も込めて、負担にならない程度にできる限りの手伝いはしていた。
 自分の食事のついでに文くんの分も用意したり、共用部分の掃除など。

 彼は『そんなことしなくていい』と言うけれど、食事は無理して食べている感じもないし、掃除も特にこだわりがあるわけでもないみたい。迷惑でないならこのまま続けようと決めて今日に至る。

 仕事に没頭していて、ふとスマートフォンで時刻を確認すると夜の十一時半。

「もうこんな時間かあ……」

 私は両手を上に伸ばしてストレッチをし、眠気をごまかす。それから、おもむろにデスク上のブックスタンドの方へ手を伸ばした。

 取り出したのは、昔文くんからもらった児童書。
 あまり荷物は持ってこないようにしようと思いつつ、どうしてもこれは置いてはこれなかった。

 ちなみに、デスクや椅子は元々この部屋に置かれていた文くんのもの。
 書斎にはきちんと別のデスクがあるから、この部屋はデスクごと使っていいよと言われてお言葉に甘えている。

 ちなみになぜ書斎の他にデスクを置いているのかと言うと、彼の趣味に関係ある。
 どうやら彼はジグソーパズルが好きなようだ。

 この部屋も、完成して額に入れたジグソーパズルがいくつも壁に立てかけられている。
 五十近くありそうだから、床に直置きされているのも納得だった。壁に貼り付けられる量じゃない。

 でも、趣味の部屋として使っていたのなら私が借りてしまったら困るんじゃないかって、すぐに聞いてみた。すると、もうずっと忙しくて最近は新たにジグソーパズルに取りかかる暇がないと苦笑していた。

 部屋に置かれたジグソーパズルを眺め、文くんに想いを馳せる。

 文くんのテリトリーに入っている、不思議な感覚。

 小さい頃は何度か彼の部屋に入ったことはあったけれど、当時はまだ実家だし中高生くらいで、部屋には参考書とかばかりだった気がする。

 だから、今の文くんの私生活を垣間見れるっていうのは、どうしてもうれしく思ってしまう。そこかしこに彼の雰囲気があって、ふいうちでドキッとさせられる。

 文くん、今日は夜仕事じゃないって聞いた気がするけど、遅いな……。

 少々心配になりはしたが、両親からはこれまでに勤務医の勤務形態など話には聞いていたため、狼狽えはしなかった。
< 31 / 138 >

この作品をシェア

pagetop