エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 私が茫然としていると、彼は髪をかき上げて背もたれに身体を預けた。

「うまくあしらうにも限界がある」
「だったら、本当に入籍しちゃう……?」

 苛立ち気味に呟く彼を見て、思わず口からついて出た。

 文くんが困っているなら、なにかしてあげたいと純粋に思った。
 しかしそれは、他の誰かが彼を助けるより私が直接助けてあげたいという、人のために見せかけて自分の欲求を満たしたいがゆえのものだと気付き、一気に気まずくなる。

 私は目を泳がせて、早口で言い訳を並べ立てる。

「や、ほら。そもそも文くんもそういうメリットあるから私を助けてくれたでしょ。私は別に」
「ごめん」

 言下に謝られて表情が強張った。
 文くんを見れば、真面目な顔つきで私を見上げている。

「俺がつい愚痴を零したからだよな。忘れて。大丈夫。いつものことだから」
「で、でも、そういう交換条件だったし」
「いや。あれはあくまで〝ミイ〟が窮地に立たされた時の切り札だから。俺を理由にそうすることは選択肢にない」

 はっきりと言い切られ、ショックを受ける。
 うっかり涙を浮かべたが、きつく唇を引き結んで必死に抑えた。

「ミイ?」
「そ……だよね。ごめんなさい。あ、私急ぎの仕事あったんだった」

 声が震えないように、歪な笑顔に悟られないように。

 私は言いながら踵返して文くんに背を向けた。
 そのまま廊下へ出ようとしたら、背中越しに「ミイ」と呼ばれる。

 今振り向けば絶対に泣いちゃう。

 立ち止まって密かに呼吸を整える。でもやっぱり振り向くことは叶わなくて、顔を半分だけ横に向けるのが精いっぱい。

「仕事もわかるけど、あんまり無理するなよ。ミイは昔から頑張りすぎると体調崩しやすいだろ? ほどほどにな」
「うん。ありがとう」
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