呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


「いい加減目を覚ませ。俺だ、ハリストンだ!」
 クゥ――クリスはガルルルと地鳴りのような低い唸り声を上げている。目は血走り、口端からはだらだらと涎が垂れている。本物の獣だった。
 クリスは助走をつけて跳躍するとハリーの喉笛を狙って大きく口を開く。
「やめてクリス様!」
 エオノラが叫ぶとクリスが顔をこちらに向けた。注意がそれた隙にハリーは身体を捻り、飛びかかってきたクリスを躱すと反動を使って、木棒ではたき落とした。

 キャインという悲鳴が響き、その場に倒れ込む。ピクリとも動かないので気絶してしまったみたいだ。なんとも酷い扱いだが状況が状況だけにやむを得ない。
 ハリーは血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。
「エオノラ、ここにいてはいけない。早く死神屋敷から避難するんだ」
「それはできません。クゥはクリス様なんでしょう? それに、呪いが完全なものになれば狼から人間の姿へは戻れなくなってしまう。ただの獣となり、私やハリー様の言葉は届かなくなってしまう。そうですよね?」
 この間、ハリーがエオノラに伝えようとしていたことは恐らくこのことだ。

 だが、クリスはエオノラとは夏終わりまでの関係だからと突き放し、真実を語ってはくれなかった。今ならどうして教えてくれなかった理由が分かる。
 これまで呪いのせいで人に傷つけられてきたクリスは、エオノラにどう思われるのか怖くて真実を口にできなかったのだ。

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