小さな願いのセレナーデ


何とかふらつく足でマンションに到着し、部屋の前まで来ることができたが……また碧維と一悶着がある。

「碧維、降りてね」
「イヤ!」
「降りなさい」
「イヤァ!」
「いでっ…」

碧維は昂志さんの髪の毛をがっしり掴んで、降りようとしない。
困った。


「じゃぁ靴脱いだら一緒に遊ぼうか。はやく降りないと」
そう昂志さんが言うと「いや……」と言いながらも暴れずに降りた。

玄関を開けて、碧維を座らせて靴を脱がせる。
すると立ち上がった瞬間、一目散に廊下を駆けていく。

「ストップ!おてて洗う……よ」
私が阻止するより前に、昂志さんががっちりと捕まえた。


「手洗い場、どこ?」
「……そこのドア」

隣の洗面所のドアを指差すと、連れて行って洗わせている。

「ピカピカぁー」
「よくできました」

私がベビーカーを畳んで置いた頃には、もう手洗いは終了。
意外と彼は、子供の扱いが上手い。


「えっと、ありがと……」
「お邪魔する。さ、行こうか」

碧維に引っ張られるようにして、昂志郎さんはリビングのドアを開けた。

(あぁ………)
そこは今朝の格闘の後。
おもちゃと着替えが散乱し、足の踏み場もないリビング。いくら片付けてもひっくり返されるので、片付けを諦めた跡だ。
人様に見せられるものではない。
だけど彼は、散乱するリビングに嫌な顔一つもしない。
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