まき
誰からもおさえられず、さっきノックした扉の奥に入った私はもう震えてはいなかったけど、恐怖心がまだまだあって。


「適当に座ってくれたらいいから」


徹に言われ、向い合せで二人用のソファがテーブルを挟んで並んでいるその一つに、恐る恐る腰掛けた。

部屋の中は、窓が一つあり。
黒色のカーテン。
窓の下には机が置いてあり、その上にはテレビ。

そして反対側には小さな2段の冷蔵庫。



「悪かったな、あいつらも悪気があったわけじゃない」


悪気があったわけじゃない?
あんなにも怖かったのに?
今でも怖いのに?


「上に言われたから、行動しただけなんだよ」


上に言われたから?
でも、そんなの···


「私には関係ないです···」

「そりゃそうだ、悪かった」


男は向かいのソファに腰掛けた。
話があるからこの部屋に入ってきたけど、そもそも話ってなに?


「あの···」

「あ?」

「話って···」


こんなにも怖い外見なのに、普通に話せるのは唯一まともに会話ができる相手だからなのかもしれない。


「あんた、山本がいる魏神会ってよく知ってんのか?」

魏神会?
聖くんがいる暴走族の名前。


「いえ···、聖くんはたまにしか会いませんから」

「溜まり場に行った事は?」

「···ないです」


そもそも、あんなに穏やかで優しい聖くんが本当に暴走族かっていうのも。怪しいところなのに。


「じゃあ、マジであんたは関係ねぇんだな」


関係ない?
私と聖くん?


「悪かったよ、巻き込んで」

「···いえ」


何回目か分からない謝罪を言う徹は、机の上に置いている煙草を手に取った。

何が関係ないんだろうと頭の中で考える。


「俺達が、山本と敵対してるってのは分かった?」

「···なんとなくは···」


何度も聖くんの名前をきいた。
初めは知り合いかと思ったけれど、仲がいいっていう知り合いじゃないっていうのは分かる。

分からなかったら、ただの馬鹿だ。



「俺達はあいつらとやり合いたいんだよ。向こうを潰したい」


徹はタバコに火をつけた。


「それには火種がいる」

「火種?」


ここへ来たとき、何回か聞いた言葉。



「あんたを拉致って、山本がキレて、ここに乗り込んでくるようにしたってこと」

「······」

「馬鹿な考えだ」

「···あの···」

「んあ?」

「つまり、私はエサとして捕まったんですか?聖くんとあなた達が喧嘩をしたいために、私をエサにして···」


ああ、やっと分かった。
いままで世界中で起こった戦争には、
もともとの原因のある火種がある。


これもそう。


私をエサとし、捕まった私を聖くんが助けに来てくれる。そこから、喧嘩がおこり始める。



「まあ、そういうこと」

「そんなの···」

迷惑極まりない。
そもそもどうして私なの。
普通なら、聖くんの彼女であるお姉ちゃんがこういうものになるんじゃ?
そっちの方が聖くんが動くのは確実じゃないの?


「けどあんたはこの喧嘩に関係ない」

「······」

「あんたが今日のこと、黙ってるっつーなら、返す」

「···黙ってる?」

「山本にいうな、もちろんそいつの女もだ」

「どうして···」

「あんたを“火種”にしたくないからだ、」


私を火種にしたくないから。

聖くんがいる魏神会とやり合いたいというこの人。

喧嘩をしたい。

それには理由がいる。

だから私を捕まえて、聖くんを怒らせて、喧嘩に事を運ばせようと思ったらしい。



でも、私が関係ないという徹は

私をその原因にしたくないらしく、

聖くんやお姉ちゃんに黙ってて欲しいってこと。



って、そんなの···。


「おかしくないですか?」

「あ?」


「私を火種にしたくないのなら、どうして捕まえたんですか。さっき言いましたよね···上の人間がって···、あの人たちを動かしたみたいなこと···。それってあなたじゃないんですか?」

どう見ても、あの人たちよりも、上の存在の徹。


「俺じゃない」

「え?」

「もう1人のやつだ」


もう1人?


もう1人って···。



その時だった。

ノックもなく、この部屋の扉のノブが、外側から動いた。そのまま扉が開き、誰かが中へと入ってきた。


その誰かとは、男の人で。

黒髪に、所々金色のメッシュが入っている。

穏やかで優しい聖くん。
怖いけど話ができる徹。

そして入ってきた男は、まるで、太陽のような···


「うわ、マジで連れてきたのかよあいつら」


爽やか代表みたいな男は、なんの戸惑いもなく、私がいるソファに近づいてきて···。


「おい、晃貴」

私と会話をしていた時とは違い、低い声を出した徹は鋭い目つきで晃貴と呼ばれた人を睨んでいた。


「名前、なんだって?」


晃貴は徹を無視して、当たり前のように私の横に腰を下ろした彼は、私の肩に腕を回してきて。


「晃貴!!」

「なんだよ、うるせぇな」

爽やかとは違い、本当にめんどくさそうな、マジでうぜぇみたいな表情をする晃貴。


「どうするつもりなんだ、お前のまいた種だろ」

「はあ?使えばいいじゃん」


と、晃貴はぐっと私を引き寄せてきて。

マシになってきた恐怖が甦ってきて、体が震えてきたのが分かった。


「名前は?」

「ふざけんなよ、関係ないやつは巻き込むなよ」

「関係あるだろ、女の妹だ。なあ、名前教えろよ」

「離してやれ、怖がってる」

「はあ?怖がってんの?感動な出会いで震えてんじゃねぇの?」

「晃貴」

「顔見せろよ」

「いい加減にしろ」

「名前教えてくれたら離してやる」



分かった。

この人が、上の人間なのだと。



「···はあ、名前、教えてくれ」

呆れたように呟く徹。

そして、徹も、晃貴には逆らえないってことも、なんとなく分かった。


「市川です···」

「お前、何聞いてんの、名前言えって言ってんだよ」


爽やかだなんて、
本当にそう思ったのが間違いだった。


「···真希···」

「ふぅん、真希な。姉ちゃんよりいい名前じゃん」


姉ちゃん?
それって、
お姉ちゃんのこと?


恐る恐る顔を上へと向ければ、やっぱり王子様みないな爽やかな顔が視界にはいる。


「顔は向こうが上だな」


お姉ちゃんと比べてということだろう。

この人はお姉ちゃんを知っている。

名前も聞いて、顔も見て、満足したのか私を解放してくれた。そのままどこからかタバコを取り出し、そこに火をつけていて。


「お前のせいでこの子が巻き込まれたんだぞ」

「知るかよ」

「晃貴」

「いいじゃねぇか、使えば。なあ?真希ちゃん」


なあ真希ちゃんと言われても、
意味が分からない。

使う?

なに?



「この子が黙ってくれんなら、今日起こったことは山本の耳にははいらねぇ」

「へぇ」

「その方がいいだろ、関係ねぇ女を使うとか」

「真希ちゃん。秘密にできんの?」


晃貴は爽やかな顔を私に向ける。

その顔にタバコは似合ってない。


秘密···。
私がこうやって捕まったことを、誰にも言わないってこと。


「···言わないです」

「女の“言わない”ってやつほど、信用できねぇもんはねーよなぁ」

「本当に言わないです、だから帰してください」

「晃貴、その子もそう言ってる」

「なあ、真希ちゃん」


晃貴はタバコを消すと、さっきと同じように私を引き寄せてきて。


「俺は女を信用してねーの」


爽やかな笑顔で笑う晃貴。


「悪ぃけど、あんたを使わせて貰うよ」


どうやら2人の男の会話で使われていた「使う」とは、私の事だったらしく。



「晃貴!!」

「黙れ」


明らかに怒っている徹に、低い声で呟いた晃貴。


「卑怯な手って言われんの、俺達なんだぞ」

「それがどうした」

「······」

「そんなの、言われ慣れてんだろ」

「···晃貴···」

「出てろ徹、しばらく誰も来させんな」

「···分かった。でも」

「いいから行けよ!!」


大きな声を出した晃貴。
徹は今日何度目かになるため息を出した後、ソファから立ち上がり部屋から出ていこうとして。


え、なに?

どこいくの?

私をかえしてくれるんじゃ···。



そう男の腕の中で戸惑っている時、「真希ちゃんって彼氏いんの?」と、意味が分からない質問をしてきた晃貴。


「え?」

「いたら、ごめんねー」


え?

そう言おうとしたのに、その声は晃貴の唇によって消えた。不意打ちのように塞がれた唇。


肩に回されていた腕は、後頭部を掴まれて離れてはくれず。


ガチャンと、徹が外に出たであろう扉の音を聞いた時には、もう、私は息の仕方を忘れていた。


そして服を捲られ、男の持っているそれが、パシャリと鳴った。


「やめてっ!」


なんで、こんな事になって···


「こんなもんでいいか」

晃貴は満足した声を出し、私の腕を解放してくれたおかげで、私はようやく胸元を隠すことができた。


そのまま晃貴は私の上から遠のき、先ほど徹が座っていたソファにドスッと足を組みながら座り込んだ。


行為を辞めてくれたらしい晃貴。私は急いで服を戻し上半身を隠した。尋常ではない震えが、体を襲う。


「お前泣かねぇのな」


スマホを操作しながら、そんな事をいう晃貴。



泣かない?
何言ってるの

こんなことしてっ···


泣くよりも、逃げ出すことに精一杯だった。




「帰してくれるって言ったのに!」

「帰してやるよ」

「こんなことっ···!!関係ないって言ったのに」

「誰が言ったんだよ」

「誰がって、徹って人が···!!」

「馬鹿じゃねぇの」

「なっ」


私の方は見ず、携帯を操作している晃貴。



「この中だったらな、俺が一番なんだよ」


上の人間。


「俺が言うことは絶対だ」


スマホの操作を辞め、
爽やかな笑顔を向ける男…。


「帰ってもいいぜ、帰れるもんなら」


晃貴はまた声を出しながら笑い、
ソファから立ち上がった。


そのまま部屋を出ていき、シーンと静まる部屋に取り残された私は···。


どうすることも出来なく。
どうしてこうなったのかと
どうして服をめくられた写真を撮られたのかと、考えるしか無かった。




「送るわ」

あれから30分ほど経ってから、私は倉庫を出ることを許されたらしい。


あの後、晃貴が出ていってから直ぐに徹が部屋に入ってきた。泣きそうになっている私を見て、徹は顔をしかめた後、「送らせる準備する」と、再び扉をしめた。





倉庫から外に出るために、必ず倉庫の中を歩かなければならない。徹に連れられ、そこを歩く。

見間違えだろうか、先程よりもガラの悪い人たちが増えたようにも見える。


「悪かった」


徹がバイクで送ってくれるのか、大きなバイクに歩いていき。そこに置いていたヘルメットを渡さた。

悪った?
何が?


「巻き込まないって言ったのに···」


本当に悪かったって思ってるの?

キスされて。
服を脱がされそうになって。その上写真まで取られて···。


写真?
どうして写真を?



「悪い」

謝罪なんていらないからっ。


「どうして写真を撮ったのっ、あれ消してよ!! 最低!!」


女の服の下の写真を撮るなんて···。
していい事と、悪いことがある。



「あれはもう山本に行った」

「は···?」

「消しても意味ねぇよ」

どういう意味?
山本に行った?



まさか


「送ったの!? 私の写真!! あの写真···ッ」


嫌がってる私の···。





聖くんが、あたしの裸を見たと言うこと。
それって聖くんだけ?
まさか、他のメンバーにも送ってるわけないよね?



「そうだ、今、山本たちは必死になってあんたを探してる」


探してる?
なんで?


「向こうはあんたが拉致られて、犯されたって思ってる」


そうだよ、
あんな写真、未遂だけれど…服を脱がされそうになっている場面だ。


「だから戻って、あんたは山本に保護されろ」

「意味分からない···」

「火種は終わった」



火種···。



「あんたがエサである必要が無くなったってことだ。分かったらさっさと乗れ。これ、あんたの鞄だ」


私の写真が、聖くんに送られた。

聖くんはそれを見て、私を探していて。


写真を送った人物が晃貴だと、聖くんは気づいているはず。

だからこれから聖くんは私を保護した後、晃貴の所へ喧嘩をしに行く。


やり合いたいといった徹の、思い通り。



いや、晃貴の思い通りになったということ。


「いらないからっ」

「あ?」

「1人で帰れるから!!」

「おいっ」

私はカバンを徹から奪い取り、
ヘルメットを無理矢理渡し、
そこから無我夢中で走った。

もう倉庫の外だったため、先程のように不良たちはおらず。


「────もうここに来るな!!」


遠くから聞こえる徹の声。


そっちなのに!!

連れてきたのは、そっちなのに!!

巻き込んだのは、あんた達なのに!!



私は走った。

嘘をついた男なんて、

無理矢理キスした男なんて、

1秒たりとも一緒の空気を吸いたくなかったから。
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