まき
脅迫
今日もイヤイヤな様子の良が、家まで送ってくれた。

まだお母さんもお父さんも仕事で帰ってきてないらしい。そして今日は金曜日。お姉ちゃんは塾の日だからきっと帰りは22時を過ぎるだろう。


19時にはお母さんが帰ってきていて、お母さんが「夕飯の前に先にお風呂に入って」という台詞に、「分かった」と自室に置いている着替えを取りに行こうと戻った時だった。


鳴り響く着信音。

その携帯音は、ラインではなく、電話がかかってくる音楽で。

切れる前にと、机の上に置いていたスマホを急いで取って、画面を見た。



そこに映されていたのは、知らない番号だった。
登録されていない番号。
そんな番号が鳴るのは、私とっては珍しくて。


最近番号を教えたことのある人いたかな、と、
それを考えて思い出したのは良で。

もしかして良だろうか?

そう思って、受話器のボタンを押し、電話に出た。



『あー、真希ちゃん?』

だけど、電話の先の人は良ではなくて。
今更、連絡先を教えた時に良の番号も私のスマホに登録した事を思い出した。


『もしもし?真希ちゃんだろ』

「···どうして、番号を···」

『んなの、5分でわかるっつーの』



そう言って笑う男は、間違いなく、晃貴の声だった。


『なあ、どうなってんの』

どうなってるって?
晃貴は何を言って···。
そもそも私の番号が5分で分かるってなに?



『山本からなんもねぇんだけど』

「······」



だって、あの画像は合成だと、
聖くんの中ではなっているはずだから。


『なあ、真希ちゃん、なんでか知ってる?』

「···知りません」

『本当のこと言わねぇと、写真、ばら撒くよ』

「なっ···」


ばら撒くって···。



『今から来い』

「ま、待って···」

『あ?』

「ほんと、知らない···」

『なあ、真希ちゃん』

「なにっ···?」

『俺、あんたのこと、脅してんだよ』

「···っ」

『30分以内に来い』

「ま、待って!!」

『あ?』

「行くからっ、写真ばら撒かないで!」


どこでばら撒くか分からないけど、
もしそれが学校なら
家なら
お姉ちゃんにバレてしまう。


いくら聖くんだけに合成だと言っても、ばら撒いてはすぐに合成じゃないって気づかれる。

すぐに画像を消してくれた聖くんだからこそ、通じた嘘なのに。


『わかってんじゃん、遅れたらばら撒くから』


切れた通話。
どうして私、知らない番号からの電話を出てしまったんだろうと後から後悔した。


どうしよう。
どうしよう。

早く行かないと、写真がお姉ちゃんにっ···。



未だに制服姿のまま、
部屋を出て私は階段を駆け下りた。


「真希?」

リビングから、お母さんの声。
玄関で靴をはく音が聞こえたのか、何事だとリビングから顔を覗かせて···。


「ご、ごめんなさいっ、ちょっと学校に忘れものしちゃって···」

「え?今から取りに行くの?もう7時過ぎてるのに」

「明日提出でいるからっ」

「ちょっと真希!」


お母さんの声を無視して、私は家を飛び出した。走って駅の方へと向かう。


ハアハアと走ってきたため、乱れる呼吸をしながら、ちょうど来た電車に乗り込んだ。

その時、持っていたスマホが一瞬だけ音をだして止まった。この音はラインの音で。
恐る恐るそれを開けば、知らない誰かから、繁華街の近くにある住所らしい文が届いていた。そしてその文の最後には、『あと20分』と書かれていた。


晃貴からのライン

どうやらこの前にも行った倉庫ではなく、
この家に来いということらしい。

その住所はマンションのようで···。



『行くからばら撒かないで!』そう返信をしたのに、それからは返事が来ることはなかった。


二分前にたどり着いたそこは、
8階建てのマンションで。

そこの705号室のチャイムを、急いで鳴らした。


数秒ぐらいたった時、そこから『どーぞ』という声が聞こた。
晃貴の声。どーぞということは、入ってこいということで。

恐る恐る玄関の扉のノブに手をかけた。
鍵が閉まっていない扉はすんなりと開けることができて。


どうやら玄関先まで来たらしい男は、私の姿をとらえた。



「走ってきた?」




息を乱し、少しだけ汗をかいている私に、笑いながらいう男は、やっぱり晃貴で。



「写真っ···、消してください!」

「まあ入れよ」

「お願いっ、30分以内についたんだから、消してよ!」


中へと入っていく晃貴。
どうしよう、どうすればいいのと、こんがらがる頭を落ち着かせながら私は「···お邪魔します」と、晃貴の背中を追った。

自分の部屋らしい部屋に入った晃貴。


その部屋はやけに広くて。

ベットや、2人がけのソファ。
テレビまで置かれてあって。



「座れよ」

「···消して···」

「座れって言ってんだろ」


低い声をだした晃貴。
言うことを聞かないと、写真を消して貰えない···。


恐る恐るソファに座ると、晃貴もその隣に腰掛けてきて。初めて会ったときのように、晃貴は私の肩に腕を回した。そしてぐっと引き寄せ、顔を近づけてくる。


あの時の事を完全に思い出している私は、この状態に恐怖しかなくて。


「ねぇ、何したの、真希ちゃん」

「何したって···なにも」

「あのさあ、まだ分かんねぇの?あれ送って、山本が動じないってのおかしいわけ」

「···」

「真希ちゃん、何したの?」

「···」

「写真、ばら撒くよ」

「知らないって言った!そんな写真知らないって!」

「あ?」

「合成で終わらせたのっ」

「合成?」

「お願いだから消してっ···」


「はあ?意味わかんね、合成って何だよ」

イライラした声が耳に入る。


「つーことはあれか、あの写真、ただの脅しで終わったわけ?」

「···」

「真希ちゃん、やられたって言わなかったの?」

「······っ」

「なんで?」


そんなの、お姉ちゃんがいるからしか、理由はない。


「さっさと喋れよ、俺、こう見えてもキレそうなんだよ。これ以上怒らせんな」


ぐっと、私を引き寄せる晃貴は、爽やかな表情で笑っているけれど、声がすごく怒っているってのが分かる。



「もうこれ以上関わりたくなかったからっ、だから知らないって言ったの」

口から出た出任せ。
お姉ちゃんにバレたくないからとは言えない。
お姉ちゃんに迷惑かけられない。



「へぇ、だから合成ってか」

「そうだよっ」

「関わりたくないって、山本とも?」

「当たり前でしょっ」

「じゃあなんで、高島に送り迎えされてんの?」


高島?
高島って···。良のこと?


「あれはっ、聖くんが勝手に!」

それを言ってハッとした。
どうして送り迎えしてもらってる事を、晃貴は知ってるの?


「真希ちゃんって危機感無いよなあ」

「え?」

「ここ、どこだか分かる?」


何言ってるの?
晃貴の家でしょ?

それよりも、どうして晃貴が良の事を知って···。


「なんとなく話は分かった」

「なにが···」


「合成した写真を俺が山本に送ったことになってて?それを危機感持った山本は高島を真希ちゃんの護衛にしたってわけだ」


その通りだ。間違ってない。


「でも、ちゃんと護衛出来てないよなあ?」

「は···?」

「現にノコノコ、真希ちゃんここにいる訳だし?」

「それは、あなたがばら撒くって脅すから···」

「なに、俺のせい?」


ケラケラと笑う晃貴。

どうしてこうも笑えるのか···。


「来たのは真希ちゃんなのに」


だから、それはあなたが写真をっ···

「キャッ···!!」


その時、肩に回っていた晃貴の腕が離されたと思ったら、晃貴は私の腕をとらえていて。

気づいた時にはソファから、近くにあったベットへと投げられていた。


な、なに?

今の状況が分からず、急いで起き上がろうとしたけれど、すぐに晃貴が私の体の上へと乗ってきて···。



「や、な、なに······?」

「写真消してやってもいーよ」


そう言いながら、晃貴の手は、私の服へと伸びてくる。



「ほ、ほんと?」

制服の、ボタンに手をかける晃貴。


「選ばせてやるよ。ばら撒くのと、犯されるの、どっちがいい?」


な、なに、犯す?
まさか、このまま···?


「こ、晃貴···」

「言わねぇと、どっちもするけど」


一つ、ボタンが外れる。


「ま、待って、」

「んじゃ、ばら撒く?」


それは、もっと嫌だ···っ。


この男に抱かれれば、写真を消してくれる。もうお姉ちゃんにバレることが無いのならっ···。


私がどちらを選ぶか決まっているのに、口が震えてうまく言葉が出ない。


「······いで」

「あ?」

「ばら撒かないで······」


小さな声が、部屋に響く。
それを聞こえていたらしい晃貴は、かすかに笑った。



「やめて…」

「なあ、真希ちゃん今からそういうこと言ったら、ばら撒くから」

「なっ、約束と違っ···」

「俺がそういう男だって、まだわかんねぇの?」


そういう男···。

爽やかな表情とは違い、
心の中は悪魔のような···。


「喋んな」

「むり、」

「うるせー女、マジで嫌いなんだよ」




別に初めてというものに、期待を持っていたわけじゃない。ただこうやって、あっさりと初めてじゃなくなるのは考えもしなくて。




行為が終わり、「明日、12時に来い」と、言われ目を見開く。


爽やかという仮面をかぶった悪魔が、
何かを言っている。


「倉庫の方に」

「ど、どして···」


もう終わりでしょ
消してくれるんでしょ?


「明日、土曜だから学校ねぇだろ」


そうじゃなくて!



「したら消してくれるって言ったじゃないっ」

「だれが今消すって言ったんだよ」

「なっ···!!」


酷いっ、そんなの!約束と違う!!


「気が変わった」

気が?
なに?
この人は何を言ってるの?


「山本の大事な大事な女の妹を、こうやって関係持つのもいいな」


関係を持つ?



「気ぃついた時の山本の顔も、面白そうだし。それで喧嘩すんのも悪くねぇ」


私が犯されたと知った時の聖くんの顔をみたい晃貴。




「ふざけないでっ」

「はあ?別にふざけてねぇだろ。真希ちゃんが俺んとこにくればいいだけの話じゃん。そうだろ?」


そう言って、もう服を完璧に着直した晃貴は、私の近くにより顔を覗き込んできた。



「最低っ···」

「ばら撒かねぇよ、そん代わり、俺に逆らうな」

「そんな」

「逆らったらどうなるか分かるだろ」

「······」

「今日はもう帰っていいぞ」

そう言って、服を私に差し出してきた。
楽しそうに笑う悪魔。




「明日、何時だったっけ?」

部屋を出る間際、晃貴は部屋から出るつもりはないのかベットに腰掛けながら煙草に火をつけていて。



「···12時」

「わかってんじゃん」

「最低···」

「そうかよ」


涙が出そうになる涙腺をこらえ、私は足を進めた。

もう外はまっくらで、明日が土曜日だと思い出す。


明日提出するものがあると、学校へ忘れ物を取りに行くと、お母さんに言い訳をした私。

それにどう嘘を重ねるか、全く機能しない頭で考えることしか出来なかった。





────どうして、こんな事になったんだろう。

────そもそもの原因は···

────早くお風呂に入りたい···




もう何も、考えたくないのに。



「もう学校、戸締りされちゃってて。忘れ物取れなかったよ。帰りに友達と会ってちょっと喋ってて遅くなっちゃった。先にお風呂入るね」


そう私が言ったけれど、お母さんは「あら、そうなの」と言うだけで他に何も言われなかった。
明日土曜日だけど?と、私がついた嘘を問うわけでもなく。



いつもより長く入ったお風呂。
もう6月後半という暑い時期なのに、全く逆上せるってことがなくて。


お母さんとお父さんに気づかれないよう、必死に笑いながら夕飯を食べた。喉がイガイガする···。



部屋の中のベットの中へこもっている最中に、バタンと玄関の音が聞こえた。多分、お姉ちゃんが塾から帰ってきたんだろう。


「あら、聖くんこんばんわ」

お母さんの声が聞こえ、私は布団を頭まで被った。


聖くんに会いたくない。
声も聞きたくない。



こんな事になったそもそもの原因は、私じゃない。


────聖くんなのに·········。


晃貴が聖くんを嫌っていなかったら、こんな事になっていなかったのに。




笑っているお姉ちゃんが

本当に鬱陶しい············。




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