君との想い出が風に乗って消えても
これからも





 二十年後―――。



 四月中旬。
 僕は今年も一輪の花に会いにあの場所に行く。


 今年も妻と小学一年生の娘と幼稚園の年中の息子と一緒に。



「……着いた……」


 美しい秘密の場所……。


 僕たち家族はその中に入った。


「こんにちは」


 僕が挨拶をすると、いつものように美しい草花たちが迎えてくれるようにやさしく揺れていた。

 そして……。


「今年も、きれいに咲いてくれてありがとう」


 一輪の花も……。



「パパ、今年もきれいだね」


 娘も笑顔で一輪の花を見ていた。

 そんな娘の姿が微笑ましい。


「こんにちは」


 娘も一輪の花やたくさんの草花たちに挨拶をした。


 娘の挨拶に答えるように。
 一輪の花やたくさんの草花たちがやさしく揺れていた。



 僕はこの場所がとても好き。

 この場所は僕にとって心の支え。

 そして僕にとって心の中の一部。

 僕は、この場所と共に生きている。

 そして、これからもずっとこの場所で生き続ける。





 あのとき……。


 二十年前の今頃……。


 一輪の花を見て、辛くて苦しくて切なくて悲しくて涙が止まらなかったあの頃……。


 結局、あれから僕は一度も何も思い出せていない。


 あのときから、ずっとずっと心のどこかでつかえている何かが……。


 それが何なのかは今だにわからない。


 いつ思い出すかもわからない。

 ずっと思い出せないかもしれない。


 それでも僕は……。

 僕は生きていく。


 僕には……大切な家族がいるから……。

 大切な妻と娘と息子がいるから。


 僕は大切な妻と娘と息子と共に生きていく。


 きっと、それが僕にとっても……思い出せない何かにとっても……。





 この場所に咲いてくれている一輪の花さんやたくさんの草花さんたち……。


 いつもありがとう。


 これからもよろしくね……。


 僕たち家族の元気のもとの一輪の花さんやたくさんの草花さんたち。


 これからも僕たち家族は、きみたちと共に生きていきます……。


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