私、あなたの何なのでしょう? 10年目の再会は愛の罠


 三ツ藤商事本社ビルの中でも、営業部は忙しい。
木下も会議室へ早足で向かっていたのだが、一人の男が突っ立っているのが目に付いた。


いつもテキパキと動くタイプの中塚が、ボンヤリと廊下に佇んでいるのだ。

「おい中塚、浮かない顔して、どうした?」

「ああ、木下か。」

暗い顔をした中塚郁也に、片や新婚で浮かれ気味の同期、木下が声を掛けてきた。


「いつになく、憂い顔だぞ。」
「俺はいつもこんな顔だよ。」

「いやいや、同期の目はごまかせないよ。いつもはもっとわかりやすい顔してるからな。」

郁也は、先日の菜々美との会話が頭から離れないのだ。

「今、どんな顔してるんだ?俺…。」

ガシガシと頭を掻きながら、郁也が呟いた。

「マジ、どうした?」
木下も心配そうだ、いつも明るいのが取り柄の中塚らしくない。

「やらかしたかもしれない…。」

「契約書か見積書、失敗したのか?」
「その方がマシかも…。」
「はあ?」

「言わなきゃいいこと言ってしまった…。きっと余計なお世話なんだろうな…。」

「状況が見えないけど、お前らしいんじゃない?」
「どういうことだ?」

「何もせずに後悔するより、当たって砕けちゃうタイプだろ、お前。」
「ああ、そうだ…そうだな!」

「お前が砕け散ったら、骨は俺が拾ってやるよ。」

「冷たいな、お前。上手く行くように祈ってくれよ。」

呑気そうに木下が笑うので、郁也も幾分気分が上向きになってきた。

「これが同期の()だよ。励ましてんだ!中塚。じゃあまたな。」
木下は手を振りながら走って行った。

急いでいたのに、わざわざ落ち込む同期を見て声を掛けてくれたのだ。

そうだ、砕け散っても後悔はしたくない。郁也の気持ちは固まった。


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