僕と彼女とレンタル家族
第29話 「ダイレクトメッセージ1」
 在過(とうか)は、帰宅前に再度受付カウンターへ戻り、いつものように相談室へ案内されていた。淡々と入院中の経過報告を聞き、体重が基準値に戻れば即退院してもらうと言うもの。また、莫迦にならない入院費用の支払いなどの話など聞かされ、毎週毎週耳が痛くなる思いをしていた。

「それでですね。入院と言っても、摂食障害の根本的な治療はできません。今後は自宅で過ごしてもらい、通院に切り替えたほうが費用面も、妹さんの精神を強くする為にもいいと思います」

「そうですか……」

「すぐと言うわけではありません。現在の体重が31kgですから、35kgあたりで安定していけるならば考えていきましょう」

「わかりました」

 担当医から今後の対応を聞き終え、タクシーに乗って自宅へ戻る。自宅に着くまでの間、考えを巡らせていた。自宅療養となる場合、これまでの生活環境が大きく変わる。在過のもう一人の妹、えりかも就職が決まって自分の生活がある。介護職に就職して約3年間の在過は、そろそろ次の段階へと行動を迫られていた。

 介護職に夜勤勤務がある為、在過には友理奈(ゆりな)を一日1人にしておくことに不安があった。自傷行為がなくなったとはいえ、精神病と診断されている以上、またやってしまう恐れがあるからだ。

 数ヶ月前から検討していた転職。そろそろ本気で考えなければならない、そう決意が固まった瞬間だった。自宅療養に切り替えの話がなかったとしても、手取りが18万もない現状では入院費用だけで手一杯。さらに夜勤勤務がなければ、夜勤手当がなくなり、さらに給料が減ってしまう。

 在過は、再就職をする為に動き出す決意をした。

 
 自宅へ戻って来た在過は、一度シャワーを浴びて着替えをする。ドライヤーで髪を乾かしながら、携帯のSNSアプリを起動させ、大量に届いているダイレクトメッセージを見つめた。

 届いている内容を読まなくとも、タイトル部分で分かってしまう蔑んだ言葉。相手を罵倒する為に、相手を嘲笑うために、相手を馬鹿にするために、相手を責める為に欠点を探し出す。

 パソコンやプログラムが大好きな在過だからこそ恐れる事態。直接相手に言う重さと、ネット上で言う重さはかなり違う。一度ネット上に拡散されたモノは消えることなく、不特定多数の無関係の人達まで参加していく。また、集団心理と言う安心感が背中を押し【みんな言っているから大丈夫】とストレス発散や楽しみの一つになっている人もいるだろう。

 それは、正しい行い。

 相手が間違っているから、相手が過ちを犯したから正す為のアドバイスなのだと。次第に、相手を正す為にアドバイスをしていた言葉が、気持ちい優越感を得る行為に変わっていく。自分の意見が共感されれば囲い込み、自分の意見が批判されれば複数人で追い詰める。

 共感する者達が団体となり、より強固の団結で安心感を得てしまう事で過激化する。

 しかし、立場が逆転することがあると言うことを知らない。相手が悪くとも、追い詰めることで精神を壊し死を選択するまでに追い込んだとなれば、次の矛先は自分へと戻ってくる。そうなれば「なぜ僕だけ? 私だけ? 他のみんなも言っていたじゃないか。むしろ他の人の方がもっと酷いことを言っている」と言い訳を考える。

 在過自身も経験があった。学生時代から好きな、稲川浩二(いながわこうじ)を馬鹿にするようなSNS投稿や口コミを見ると反論する。その反論を見た別の第三者も反論するループが始まる。気づけは大人数の参加者が集まり、責める者と責められる者に分けられる。

 髪を乾かした在過は、溜息を吐き出しながらドライヤーを棚に戻した。

 冷蔵庫からブラック缶コーヒーを持ってくると、机の椅子に座る。中身を見なくても、書かれている内容がある程度想像できてしまう在過は、一口コーヒーを口にすると、届いた順番でダイレクトメッセージを開いた。
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