僕と彼女とレンタル家族
第4話 「懸念2」
「これカギ渡しておくから、帰る時に鍵かけたら、玄関の横に隠しておいて」
「うん、わかった。在過~いってらっしゃい」
「いって……きます」

在過は、恥ずかしながらも玄関で手を振って見送ってくれる神鳴に幸せを感じた。
両親にも見送ってもらうと言う経験がなく、「いってらっしゃい」や「ただいま」と挨拶すらしない家族だった。

だから、言われて初めて幸せを感じながらも、言う事が恥ずかしいと言う初めての感覚が在過を包んだ。在過は、自分でも気づかないほど笑顔になっていた。

見送りした神鳴は、家のカギを閉めるともう一度ベットにダイブする。
寝てしまった場合に備えて、携帯のアラームを1時間後に設定。
顔を枕にうずめて足をバタバタしていた。

「すぅぅぅ~。あぁぁ在過の匂いがするぅ」

本人も自覚しているほど匂いフェチの性癖があり、在過より早く目が覚めた神鳴は、在過の胸に顔をうずめて彼が起きるまで匂いを堪能していたのだ。

そんな在過の存在を堪能している最中に、携帯の着信音が鳴り響く。

「もしもしママ? どうしたの」
「大丈夫だったの? 襲われたりしなかったんでしょうね? 何で途中で電話切ったの」
「在過はそんなことしないよ。手を繋いで寝ただけだし、充電切れたのかも」
「神鳴が寝ているときに変な事されてるかもしれないでしょ? まだ付き合って数週間なんだから、気をつけなさいよ」
「わかってる。それよりどう思う? 昨日写真送ったでしょ」
「この女の子のゲームでしょ? これエッチなゲームじゃないの?」
「ん~全年齢って書いてあるから違う。これ捨てちゃダメかな」
「まだどんな人か分からないから、すぐに捨てるのはやめなさい」
「そうだよね……。でも、これがあるの嫌なんだもんなぁ」
「視界に入らない場所に隠しときなさいよ」
「そうする」

神鳴は、昨晩の出来事を在過にバレないように母親に随時メールをして、就寝時には母親と通話を繋げていた。部屋の写真も、持ち物も、クリアファイルに入っていた請求書さえも母親に写真付きでメールしていたのだ。

「それよりも、在過君は借金持ってるんじゃないの?」
「よくわかんない。支払いの明細書があるから、借金はないんじゃないかな」
「ちゃんと調べないとダメよ? 神鳴が不幸になるんだからね!」
「外食する時も、昨日コンビニで買い物したときも全部払ってくれたし、大丈夫だと思う」
「それ当然のことだから」

小一時間ほど母親と電話したあと、神鳴は自分の家に一度帰宅すると、衣類や下着を数着準備をして在過の家に再度向かう。道中のスーパーでお弁当や飲み物を調達して帰宅すると、冷蔵庫にしまって在過にメールをした。

「お弁当買ったからね!」

在過は、仕事中なのですぐに返信は来なかった。
神鳴は部屋のパソコンを起動してアニメを観て過ごし始める。

在過が仕事行く前に、自由にパソコン使ってもいいと言ってくれたのと、月額会員でアニメも映画も見放題と使い方を教えて貰っていたので、在過が帰宅する時間をウキウキしながらアニメ視聴して過ごしていた。

日勤帯の在過は、17時30頃に業務を終えて携帯を見るとメールが来ている。
【お弁当買ったからね】と言う一文のメールに、昨日のお礼だろうと考えていた。

「いま仕事終わったよ。お弁当ありがとうね! 帰ったら食べるよ」
「うんっ」

在過の勤務先は、自宅から徒歩20分ほどの近場で、最寄り駅と同じ距離にあった。
普段なら、このまま自宅に向かわず駅に向かって神鳴の職場近くの駅まで向かうのだが、今日は特に約束もなく、弁当を用意してくれていると言うメールが来ていたので寄り道しないで帰路についた。

自宅に到着した在過は、今朝伝えておいた玄関横に鍵を置いて置くよう頼んだ場所を確認するが、そこに鍵がなかった。間違えて違う場所に置いたのかもと思い、玄関周りを探したが……やはりない。

「これは、忘れて持ち帰っちゃったか?」

一度、玄関のドアノブを回すが「ガチャ」と鍵が掛かっている。
やっぱりカギを持ち帰っちゃったかもしれないと、在過は携帯を取り出して神鳴に電話をしようとしたとき。

「あれ?」

家の中から、こちらに向かって足音が聞こえる。
ガチャっと言う音と同時に、家の扉が開いた。

「お帰りぃ~」
「あれ? 帰ってなかったの?」
「ううん、一度帰ったよ」
「そっそう」

さすがに家に帰っていると思っていた在過は、驚きと彼女がまだ家に居てくれた……そんな嬉しさが込み上げていた。出迎えてくれた神鳴の姿は、ピンク色のうさぎパジャマ姿になっていた。

「そのパジャマどうしたの?」
「家に帰った時に持ってきた!」
「そうなんだ。え? 今日も泊まるの?」
「なんでそんなこと言うの! 泊まったらダメなの!!」
「いや、そんなことないよ。すごくうれしい」
「えへへ。ねぇねぇ、これかわいいでしょ!」
「確かにね。耳までついてるんだ」
「そうそう。ぴょんっぴょーん。神鳴うさちゃんです」

靴を脱いで部屋に入ると、神鳴はパジャマのウサ耳を持ってぴょんぴょん跳ねて遊んでいる。
在過は、同い年の恋人なのだが、子供だなぁっと言う微笑ましい感情もあった。

「へぇ~こんな弁当があるんだ。うまそう!」
「でしょぉ。神鳴の、家の近くにあるスーパーなんだけどお惣菜も沢山あるんだよ」
「いくらだった? お金返すよ」
「いいよぉ。それに全部ママが買ってくれたから」
「ん? 神鳴のお母さんが買ったの?」
「そうだよ。在過君によろしくだって」
「そうなんだ。ありがとうってお礼言っといて」

在過がそんな話をしていると「いえいえ」と言う別の女性の声が聞こえた。
二人しかいないはずの部屋に、違う声が聞こえて周りを確かめる。

「どうしたの?」
「いや、神鳴じゃない声が聞こえた気がして」
「あぁ、ママだよ」
「ん……来てるの!?」
「違う違う、ずっと電話繋がってるの。ほら」

うさぎパジャマの胸ポケットから携帯を取り出すと、画面に表示された「ママ」と言う通話中の画面。
スピーカーになっており「初めまして。神鳴の母です」と声が聞こえる。

「あ、どうも。お弁当ありがとうございます」
「いいですよ、娘がお世話になっているお礼だから」

在過は、心臓の鼓動が早くなる。
全身に鳥肌が立ち、不快感が襲う。

「先にシャワー浴びてくるよ」
「うん、わかった。タオル用意しといてあげる」
「……ありがとう」
「どういたしまして」

全身をシャワーで洗い流している間も、在過は考えを巡らせた。
いつから通話が繋がっていて、いつから話を聞かれていたのか?
そもそも、通話を繋げていた理由はなんだ?

「もしかして、タンスのファイルを見られた?」

重要と書かれたファイルには、妹の入院費や食事代を含む生活費の請求書が入っている。
その一部には、精神障害者と分かる診断書まで入っていた。

在過は、また心臓の痛みを感じながら思う。
僕の家族背景の一部を知ってしまい、彼女は離れようとしているのではないか……と。

恋人になった以上、いつか両親や妹の話を伝えなければならない。しかし、過去に伝えた人達は揃って連絡が取れなくなり疎遠になった。今回も、また同じことになるのではないだろうか。

「でも、結局そうなるなら早い方がいいか」

神鳴と一緒に居たい気持ちはある。自分の抱えている事情を話して離れるなら、早い方がいい。
そんな決断をした在過は、この時に過去の孤独だった自分へと戻ってしまっていた。

どうせ彼女も同じだ、諦めよう……と。

風呂からでた在過は、テーブルにお弁当とお惣菜の準備をしてくれていた神鳴を見つめた。
彼女の携帯はテーブルに置かれており、通話画面ではなかった。
どうやら母親と電話は繋がっていないらしい。

すこし安心した在過は、神鳴の隣に座る。

「お母さんの電話はもういいの?」
「ご飯食べるからね、もう切ったよ? 話したいことあった」
「いや、大丈夫」
「食べよ」
「だな」

パソコンでアニメ観ながら、二人でご飯を食べる。
好きな人と一緒に食べるご飯は、幸せな時間だ。

家で待っている人がいて、一緒にご飯を食べてくれる人がいる。
たったこれだけのことが、在過にとってずっと望んでいた願いだった。

妹が入院するまで、家に帰ればリストカットして衰弱する妹を看病する。
毎日のように死にたい、こんな家族は嫌だった。
普通の家族に生まれたかった。
数十年間も我慢してきた在過は、やっと…やっと欲しかった生活が手に入ったんだ。

隣に座る神鳴を見つめ、食事を食べながらそんなことを考えていると。

「どうしたの! 美味しくなかった?」

在過の瞳から、大量の涙が溢れていた。

「大丈夫」
「ねぇ。隠し事はなしだよ! 神鳴じゃ頼りないかもしれないけど、なんでもするよ」

そんな優しさが、涙を溢れさせ続ける。

止まらない涙を、神鳴は自身のカバンから取り出したハンカチで拭ってくれる。

涙を流しながら俯いている在過を、優しく抱きしめて頭を撫でた。


何度も……何度も……何度も望んでいた想い。

ずっと一緒に居てくれる人が欲しい。

在過は、顔を上げて神鳴を見つめた。
この人なら、受け止めてくれるかもしれない。

「神鳴には、話さないといけないことがある」
「うん」
「正直なところ、まだ他の人には喋らないでほしい。神鳴だけに聞いてほしい」
「わかった。誰にも言わないよ」
「僕の家族に関すことなんだ」
「え、あ……そうなんだ。うん聞く」

神鳴は、女の子のゲームに関する事を教えてくれると思っていたが、考えてもいなかった家族の話をすると言われて狼狽した。

今まで、何度か家族の事を聞いたことがあった神鳴だったが、その度に話を逸らされてしまったこともあり、私には教えてくれない……本当は好きじゃないんだ。

そんな気持ちを抱いていたのは、在過は知らない。

「これを聞いて、嫌だと思ったら正直に言ってほしい。僕は気にしないから」
「う……うん」

真剣な表情をする在過の姿に、不安と怖さが神鳴を襲う。
在過が俯いている間に、神鳴はバレないように携帯を操作して通話アプリを開く。

画面上に表示される「ママ」と書かれている文字をタップし、通話を繋いだ。




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