紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています

 

 九月に行われたお父さんの手術が無事に終わり、退院して一ヵ月が過ぎた。幸い転移もなく、今のところ予後は良好だ。十月の中旬、わたしと緑川さんは華燭の典をあげた。その日、お父さんは、わたしのウェディングドレス姿を見たときから、ずっと泣き続けていた。「お父さん、お母さん今まで大切に育ててくれてありがとう」と言うと、また泣いた。バージンロードを歩くとき、しきりに鼻をすすっている音が聞こえた。招待客を互いに三十人に絞った小規模の式で、わたしはかえって印象に残ったけれど、薫さんのお母さんだけは不満そうだった。
 これは前途多難そうだと思った。 

*****



「おはようございます」


 わたしが朝起きて一階に降りると薫さんは必ず朝食を作りながら待っていてくれた。すでに出勤前のスーツ姿になっている。薫さんはもうお父さんの会社で働いていた。


「おはようございます」


 わたしはまだ部屋着のままだ。

 本当は本社勤務になって忙しい薫さんのためにわたしが料理を作りたいところだが、薫さんが朝食くらい一緒に食べたいと言ってくれたのだ。しかも、自分で作ると宣言した。実際、薫さんはいつもわたしが寝た後の時間に帰ってくることが多かった。だから、薫さんにとって朝は夫婦水入らずで過ごす貴重な時間になっていた。だから朝食の支度は苦にならないらしい。むしろ朝からキッチンに立っていると清々しい気持ちになるという。

 今日は焼きたてのクロワッサンとカリカリのベーコンと目玉焼きだった。昨日はお味噌汁と炊き込みご飯だったし、その前はチーズオムレツだったりと、毎朝凝っていた。とろっとわたし好みの半熟卵をベーコンに絡ませているとき、わたしの携帯が着信を告げた。

 お母さんからだったので、薫さんに断って通話に出た。


「朝からどうしたの?」


 まさかお父さんに何かあったのかと冷や冷やしていたが、お母さんは世間話でもするような調子で言った。


『紫、あんたあてに同窓会のお知らせのハガキが来てるんだけど』

「同窓会?」

『東町第二中学の同窓会って書いてあるわよ』


 それはわたしが卒業した中学の名前だった。


「え、いつ?」

『来週の金曜日だって』

「わあー、行きたいな」


 楽しかったあのころの思い出が蘇り、懐かしくなる。

 ナツやエッコは元気だろうか。涼葉は結婚して子供がいるはずだ。他にも地元に残って働いているはずの同級生の顔がいくつも浮かんだ。同窓会に行けばみんなに会えるだろうか。一晩だけでも、あの時間が戻ってくるだろうか。

 わたしは急いでスマホを操作して勤務表を確認した。金曜日は休みで、土曜日は遅番だ。金曜日に静岡に帰って、土曜日の朝、新幹線で帰れば行けないこともない。


『参加したい人はラインに連絡してくださいって書いてあるわよ』

「わかった。ありがとう」


 わたしはラインのIDを聞いてから通話を切った。


「どうかしたんですか?」


 すでに食事を終えた薫さんが食器を片付けながら不思議そうにわたしを見ている。わたしは中学の同窓会のお知らせが実家に届いていることを伝えた。


「行きたいなら、行ってください。ぼくのことは気にしないでください。あなたが一晩だけでも実家に顔を出せば、ご両親が喜ばれるでしょうから」

「いいんですか? ありがとうございます!」


 わたしは急いでラインのIDを登録して、幹事に連絡を入れた。







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