紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています


「……この際、正直に話す。……沙智子はわたしの初めての女だった。あのときわたしは女に興味があっただけで、愛情のないまま、うちの使用人だった沙智子を愛人にした。沙智子は沙智子で、関係を持つなら、自分の親が背負った借金を返して欲しいと頼まれ、それくらいならと受け入れた。響子との結婚が決まったとき、君のお父さんに言われて、沙智子との関係も清算した。……というよりお前のお父さんに手切れ金を渡されて沙智子はわたしには何も言わずに故郷に帰った。それから何年かして沙智子は長谷田純という男と結婚して、慧くんが生まれたんだ」

「……あなたのおっしゃる通りなら、なぜその息子を我が家で引き取らないといけないのですか?」

「引き取るわけじゃない。援助をしたいだけだ」

「だから、それはどういう理由からだと聞いているんです」


 啓一さんは塩を振られた菜っ葉のようにしおれた。


「……それは沙智子を不幸にしてしまったからだ。沙智子の実家はかなりの田舎の閉鎖的な町で、沙智子がわたしの愛人に収まっていたことも知れ渡っていて、汚らわしい娘だと町では爪はじきにされていたんだ。おかげで沙智子と結婚したいという男は現れなかった。そんなとき、隣県に住む長谷田俊哉という男の後妻にという話が持ち上がった。わたしのせいで家族にも煙たがられていた沙智子は泣く泣く嫁に行った。そしてそこで生まれたのが慧くんなんだ」


 響子さんはいつの間にか口を閉ざし、じっと話に聞き入っていた。


「他県に嫁いだおかげで沙智子は、噂話に悩まされることはなくなったが、最近、病気でこの世を去ったんだ。夫にも数年前に先立たれていて、生前、沙智子は言っていたらしい。もし困ったことがあったら、わたしを頼るようにと。……わたしは沙智子の思いを無下にはできかった」

「ひとつだけ訂正があります」


 口を開いたのは慧くんだった。

「嫌々嫁いだのは事実のようですが、ちゃんと父と母の間には愛情が芽生えていました。父は若い母を後妻にできてたいそう喜んでいて、母を妻として大切にしていました。母は不幸ではありません」


 そこで慧くんは一度言葉を区切った。


「……父は若い頃は羽振りがよかったんですが、後年は家業は廃れ、遺産らしきものはほぼありませんでした。母が緑川さんにお金をもらっていたのは、我が家のためでした。……恥ずかしいお願いをしているのは十分承知しています。俺が大学を卒業するまででいいんです。援助をお願いできないでしょうか?」


 響子さんはなんとも言えない顔になる。慧くんは必死に頭を下げ続けた。


「俺、将来は医者になりたいんです。医者になれたあかつきには、必ずお借りしたお金はお返ししますから、お願いします」


 隣で啓一さんも頭を下げる。


「頼む。お願いだ。これからは、お前の願いはなんでもかなえるから。わたしが愛しているのはお前だけなんだ。本当に信じてくれ!」










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