婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
一、祖母たちの思惑
「おばあちゃん、おしゃれさせてどこへ行くの?」

 大学の夏休みに入った七月下旬、祖母に付き合って出かけることになり、駅に向かっている。

 祖母は草花模様の入った紺色の紗の夏用の着物姿に日傘。

 私は半袖の生成りのワンピースを着た。スカート部分はティアードになっている。白のミュールサンダルで、いつもはしないメイクを薄くしている。

 汗で取れちゃいそうだけど……。

 すでに額から滴(しずく)が流れ落ちてきている。真夏の暑さで汗を絶対にかくだろうと、ブラウンの髪をうしろでひとつに結んだのだが、祖母が『それではかわいくないからはずしなさい』と言ったのだ。

 もうっ、孫にかわいくないって。けっこう毒舌なんだから。

 祖母は扇子でパタパタと仰いで電車が来るのを待っている。そんな祖母を尻目に、ハンカチで汗を拭う。

 片手には父が朝打った蕎麦や和菓子の菓子折りを持っている。

 うちは東京の神楽坂(かぐらざか)で祖父の代から続く蕎麦屋だ。祖母と祖父は神田生まれで生粋の江戸っ子で、幼なじみだったふたりは結婚して神楽坂に店を持った。

 創業以来ふたりで店を切り盛りしていたが、祖父は四年前に亡くなり、今は父と母が店を継ぎ、祖母がたまに手伝っている。

「素敵なお宅に行くんだからおしゃれをしなくてはね」

「その素敵なお宅がわからないんだけど……」

 電車がやって来て乗り込むと、冷房の風が顔にスーッとあたってホッと息を吐いた。

 空いていた座席に並んで座ったところで祖母が口を開く。

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